裁判例
Precedent
事案の概要
Xが原付自転車を運転中、左方の駐車場から侵入してきたY運転の乗用車に衝突され、頚椎捻挫、左手関節捻挫等の傷害を負った。Xは、左手関節に後遺障害等級10級10号に該当する機能障害、左前腕関節に12級6号に該当する機能障害が生じたとして、併合9号の後遺障害が残存したとして、Yに損害賠償を請求した。
<主な争点>
TFCC損傷が認められるか否か
<主張及び認定>
主張 | 認定 | |
---|---|---|
治療関係費 | 54万2735円 | 54万2735円 |
文書料 | 1万4040円 | 1万4040円 |
休業損害 | 18万8064円 | 18万8064円 |
入通院慰謝料 | 150万円 | 120万円 |
逸失利益 | 2274万2821円 | 101万9357 |
後遺障害慰謝料 | 690万円 | 110万円 |
小計 | 3134万4925円 | 406万4196円 |
過失相殺(1割) | - | ▲54万2735円 |
弁護士費用 | 310万円 | 31万1504円 |
合計 | 3444万4925円 | 342万6545円 |
<判断のポイント>
(1)当事者の主張
Xは、本件事故の衝撃で、空中で回転して左側から地面に叩き付けられ、左手を強く打っていたこと、通院先の医師から、左手関節に運動制限や疼痛等の症状からして左TFCC損傷に間違いはないと診断されていること、MRI検査の結果、尺骨に面した軟骨部に高信号が認められ、TFCC損傷を裏付ける客観的な所見が確認されたことなどから、Xの左手関節にはTFCC損傷が生じていると主張しました。
(2)裁判所の判断
裁判所は、Xの上記の主張について、まず、Xの受傷状況については、本件事故によってXが全身に傷害を負っており、左手も痛めたことは認められるとしました。
もっとも、TFCC損傷を原因とする痛み等の症状があれば、カルテ等に記載されるのが通常であるのに、右手関節については事故直後に両手打撲挫傷とは別に右手関節打撲挫傷と診断されているにもかかわらず、左手関節については事故から10日間が経過するまでカルテ等に症状の記載がない、という不自然な点がある、としました。
また、MRI検査の結果では、Xの左TFCC部に輝度変化は認められるものの、その程度は小さく、症状も軽度であること、通院先の医師とは別の医師の話では、輝度変化だけでは、外傷性TFCC損傷の確定診断はできず、確定診断が可能な関節鏡検査等が実施されていないことなどを指摘しました。
裁判所は、このような事故直後のXの主訴や、検査の実施状況、結果などの事情を総合考慮した結果、本件事故によるTFCC損傷の発症そのものを認めず、14級9号の神経症状が生じているに留まると判断しました。
まとめ
TFCC損傷は、手首の辺りにある三角線維複合体という組織が、手首に大きな負荷がかかった際に損傷し、手首を捻る運動時などに痛みが生じる傷害です。
このTFCC損傷が生じているか否かは、レントゲン撮影では判断することができないため、基本的に、MRI検査による輝度変化の有無等で診断されることになりますが、整形外科医であっても診断が難しい分野とされています。
特に、捻挫・打撲などと診断され、骨折を伴わない傷害の場合は、自賠責保険の後遺障害の審査では、TFCC損傷として後遺障害が認定されるハードルは比較的高いものといえ、等級認定がされても、14級9号の局部の神経症状に留まることが多くあります。
本件において、裁判所は、MRI検査での輝度変化を認めながらも、XのTFCC損傷を認めませんでした。裁判所がその判断をするに当たって考慮した主な事情は、①Xのカルテ等に事故直後の左手関節に関する症状の記載がなかったこと、②MRI検査結果の輝度変化の程度が小さいこと、③確定診断のできる関節鏡検査等が実施されていないこと、の3つです。
まず、①については、TFCCを損傷した場合、手首の回旋運動時などに、相当な痛みを伴うため、それが事故後10日経過するまでカルテ等に現れていないというのは、確かに不自然に感じられます。そのため、これはTFCC損傷を否定する事情といえるでしょう。
次に②ですが、上記のとおり、TFCC損傷は、整形外科医でも、その診断が難しく、MRI検査で輝度変化が認められたとしても、それが線維組織の損傷まで至っているか否かまでは、必ずしも明らかにはなりません。
MRI検査は、検査箇所の水分含有量の変化が、画像上、輝度変化(白く見えるようになる)という形で生じているか否かを判断するものであるため、その水分含有量の変化が、何に由来しているかも問題となり得るからです。
本件でも、裁判所は、左手の打撲挫傷に伴う血腫や浮腫により輝度変化が生じた可能性も否定できない、としています。
ただし、MRI検査で輝度変化がみられるということは、少なくとも、その部位に異常が生じていることは間違いないので、この事情は、あくまでもTFCC損傷を否定する消極的な理由にとどまるものといえます。
③は、確定診断(症状の原因となっている疾患をはっきりと定める診断)ができる検査が行われているか否か、という観点からの考慮要素です。
②のとおり、MRI検査では、画像上、症状が出ている部位に何らかの異常が生じているか否かは分かりますが、それがどのような原因で異常が生じているのかまでは分かりません。
これに対して、判決の挙げる関節鏡検査という検査は、関節鏡という医療器具で、該当部位を直接視認するため、実際に線維組織が損傷しているか否かを確認することができます。
ただし、この検査は、人体の内部に関節鏡を入れるため、医療行為として相当程度身体への安全性は担保されているとはいえ、患者への精神的な負担も大きいです。また、通常、関節鏡検査は、TFCCの再建手術のために行われるものですが、手術にはある程度のリスクも伴うことから、保存的療法を選択する被害者も多く、必ずしも実施されるとは言い難いものといえます。
そのため、TFCC損傷の認定に当たっての考慮事情として、関節鏡検査が実施されているか否かを含めるのは、いささか過剰であるように思います。
本件の裁判所の判断は、あくまでも上記①~③を含めた様々な事情を総合考慮したものであって、これらの事情があるとTFCC損傷が認定されない、というものではありません。
しかし、TFCC損傷が認定されるためには、少なくとも、被害者の側でその存在を立証しなければならないことから、相手方からその存在を否定する事情を主張された場合には、適切な反論を行う必要があります。
以上のように、TFCC損傷は、後遺障害申請手続においても、裁判においても、その立証が難しい分野の後遺障害ですので、専門家へ相談されることをお勧めします。