裁判例
Precedent
事案の概要
X2(視覚障害者の男性)が、盲導犬Aと横断歩道を横断中に、Y1の運転する大型貨物自動車に跳ねられ、X2は負傷し、Aは死亡した。
そこで、X2とX1(Aを貸与していた盲導犬協会)が、Y1とY2(会社)に対して、Aの死亡によって生じた損害を請求した事件。
<主な争点>
①Aの死亡自体による損害(X1)
②Aの死亡による精神的損害(X1)
③示談契約の効力が及ぶ範囲(X2)
<主張及び認定>
①X1の損害
主張 | 認定 | |
---|---|---|
Aの死亡自体による損害 | 453万1073円 | 260万0000円 |
民法710条に基づく無形損害 | 100万0000円 | 0円 |
火葬代 | 4万0000円 | 4万0000円 |
弁護士費用 | 50万0000円 | 30万0000円 |
②X2の損害
主張 | 認定 | |
---|---|---|
精神的損害 | 200万0000円 | 0円 |
弁護士費用 | 20万0000円 | 0円 |
<判断のポイント>
(1)盲導犬の客観的価値
ペットが交通事故に遭ったとき、相手に何を請求できるか。
実は法律上、動物に生じた損害は「物的損害」として扱われます。
家族のように大切に思っていたペットを“物”だと考えることに驚かれる方・憤りを覚える方も多いことと思います。
ですが、法律の世界では、“人”に生じた損害は「人的損害」、“それ以外”に生じた損害は「物的損害」と形式的に分けられてしまうのです。
その上で、相手に何を請求できるのか。
物が滅失した場合の物的損害として、その物のもつ客観的価値相当額を請求することができます。
本件では、Aが盲導犬という特殊な立場の犬であったことから、客観的価値がどのくらいになるのかが争点となりました。
X側は、訓練犬のうち盲導犬となれるのは一部であるから、盲導犬1頭当たりの育成費用は、実際の盲導犬の完成頭数で除して算定すべきとし、Aが訓練を受けた年度におけるX1の盲導犬の育成費用を、同年度のX1における盲導犬の完成頭数(10頭)をもって除した金額は453万1073円であるから、同額がAの交換価値となる。
一般的に物の価値は経年劣化により使用期間が長くなるほどその交換価値が減るとされるけれど、盲導犬の場合は、共同訓練を経て視覚障害者に貸与された段階では盲導犬として必要最低限のレベルに達しているにすぎず、盲導犬の使用者である視覚障害者との日々の共同生活によって盲導犬としての技能が向上し続けるものなので、本件事故時のAの交換価値は、上記育成費用453万1073円を下回るものではないと主張しました。
これに対して、裁判所は、盲導犬は、視覚障害者の目の代わりとなり、精神的な支えともなって、当該視覚障害者が社会の一員として社会生活に積極的に参加し、ひいては自立を目指すことをも可能にする点で、白杖等とは明らかに異なる社会的価値を有していること、盲導犬を、社会的価値のある能力を有するものとしてその価値を客観的に評価する場合には、当該社会的価値のある能力を身に付けるために要した費用、すなわち、当該盲導犬の育成に要した費用を基礎に考えるのが相当というべきとしましたが、一方で、盲導犬としての活動期間が長くて10年程度とされていること等から、基本的には,当該盲導犬の活動期間を10年間とみた場合の残余活動期間の割合に応じて当該盲導犬の育成費用を減じるのが相当とし、Aの盲導犬としての残余活動期間は約5.13年であったこと等から、Aの客観的価値は260万円であると判断しました。
(2)法人による慰謝料請求
法人、要するに“会社”には、感情がないとして、一般的に慰謝料は認められていません。
しかし、X側は、Aが盲導犬として半分以上の稼働期間を残しながら事故死したことで、Aの育成に尽力した多くの人々、Aを家族の一員としていたX2の家族らなど、数多くの関係者らが多大なる精神的苦痛を被ったが、Aの事故死により関係者らが被った精神的損害を慰謝するには、本件事故によって阻害されたX1における盲導犬の育成普及事業を再び推進するべく、その賠償請求権を原告協会に帰属させて、支払われた賠償金を原告協会に組み入れることを可能とする必要があるとして、Aの事故死により関係者らが被った精神的損害についての賠償請求権は原告協会に帰属すると主張しました。
これに対して、裁判所は、Aの育成には多くの人々が関与し、原告X2の家族もAを家族の一員のように受け入れていたこと,これらの人々がAの死亡によって大きな悲しみや落胆等を抱いたことが認められるけれど、このような精神的損害は、本人自身によって損害賠償請求権が行使されるべきものというほかないから、Aの事故死により関係者らが被った精神的損害についての賠償請求権は原告協会に帰属するという主張は採用できないと判断しました。
(3)損害が示談当時予想できたか
本件では、本件訴訟以前に、X2は自らに発生した損害について、Y側の保険会社と示談書を交わしていました。
そして、その示談書の中には「X2は、本件事故により生じた人身損害につき、保険会社より215万9907円を受領することにより,Y2その他すべての賠償義務者に対する損害賠償請求権を放棄するとともに、今後、裁判上、裁判外を問わず、何ら異議の申立て、請求をしない。」という記載がありました。
この権利放棄条項によって、Aに関する損害についても、もう請求することができないのではないかが争点となりました。
X2は、Aの死亡による精神的損害については,X1が被告らと交渉することと取り決めていたため自らその賠償を請求する必要はないと認識していたのであり、他方当事者である被告側保険会社の担当者もこの点を認識してX2の精神的損害は対象外として示談交渉を進めていたのであるから、その結果成立した本件示談の権利放棄条項がX2の精神的損害に及ばないことは明らかだとして、X2はAを失ったことによる精神的損害を請求できると主張しました。
これに対して、裁判所は、本件示談に至るまでの経緯や、X2とY側の保険担当者との間でX2の精神的損害を示談の対象外とする旨の合意がされたとの事実も認められないことを考え併せると、少なくともY側保険会社としては、Aの死亡によるX2の精神的損害も考慮して本件示談を成立させたとの認識であったと認めるのが相当である。
他方、X2についても、「Aと一心同体での生活が突然失われたのだから,それに対する何某かの請求はできると当初から思っていた。」旨のX2の供述からすると、Aの死亡による精神的損害がX2自身の損害として発生していること自体は、本件示談当時にX2自身も認識していたと認めることができるとして、Aの死亡による精神的損害が加害者側に請求し得る損害として発生していることをX2が本件示談当時に予想し得なかったとは認められず、また、少なくともY側保険会社は上記の精神的損害も考慮した上で本件示談を成立させたとの認識を有していると認められる以上は、X2の精神的損害を認識することも予想することもできない状況で本件示談が成立したとも、上記損害を対象外とするとの合意の上で本件示談が成立したとも認めることはできないから、本件示談においてX2がした損害賠償請求権の放棄の効力はX2の精神的損害にも及ぶと解さざるを得ないと判断しました。
まとめ
盲導犬は一般的なペットとは違いますが、ペットを失った場合でも客観的価値の損失や慰謝料が問題となります。
なかなか高額なものは認められないのが現実ではありますが、単なる“物損”とは一緒にできないところでもありますよね。
また、示談書の締結についても気をつけないと、後々の請求に響いてくるということもよく分かる事件でした。
ペットの損害が“物損”であることや、自分では示談の中に含んでいないつもりの請求についても示談書を交わしたことで制限されてしまうことなど、法律になじみのないお客様には理解しにくいところが多いと思います。
そんなときは、ぜひ当事務所にご相談ください。ひとつひとつ説明しながら、適正な賠償を得られるようにサポートさせていただきます。