裁判例

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交通事故
神経・精神
首・腰のむちうち(捻挫)
14級
休業損害
確定申告はきちんとしましょう【後遺障害14級】(東京地判平成28年1月22日)

事案の概要

Yが所有し運転する自動車が首都高速道路を進行中、その前方を進行するX1運転の自動車(同乗者X2あり)に追突した事故で、傷害を負ったXらが、Yに対し、損害賠償を求めた事案。

<主な争点>

①休業損害・逸失利益:基礎収入
②素因減額

<主張及び認定>

①X1の損害

主張 認定
治療費等 27万6210円
※未払い分のみ
65万0681円
※治療費全体の額
診断書作成料等 1万1840円 1万1840円
通院交通費 32万2440円 8万7200円
休業損害 162万5085円 62万9796円
通院慰謝料 240万0000円 68万0000円
後遺障害逸失利益 279万9637円 79万4181円
後遺障害慰謝料 224万0000円 110万0000円
素因減額 ▲0円 ▲39万5370円
損害のてん補 ▲85万0000円 ▲150万0681円
弁護士費用 85万0000円 21万0000円

②X2の損害

主張 認定
治療費等 2万9240円
※未払い分のみ
65万0681円
※治療費全体の額
通院交通費 32万2500円 28万9500円
休業損害 352万9225円 98万5326円
通院慰謝料 240万0000円 126万0000円
後遺障害逸失利益 79万4181円 279万9637円
後遺障害慰謝料 224万0000円 110万0000円
損害のてん補 ▲107万4000円 ▲154万4100円
弁護士費用 85万0000円 34万0000円

<判断のポイント>

(1)基礎収入の根拠資料:確定申告書の有無

交通事故に遭ってお怪我をされた場合、通院や療養のためにお仕事をお休みしなければならないことがあります。

また、治療をしたけれども後遺障害が残ってしまった場合、将来の労働能力、すなわち収入にも影響が出てきてしまう場合があります。

このようにお仕事をお休みされた場合の収入減少は「休業損害」として、後遺障害による将来の収入減少は「逸失利益」として、相手方に請求することができるのです。

休業損害も、逸失利益も、「基礎収入」がいくらかによって金額が変わってきますが、基本的に「基礎収入」=“事故前の収入”として計算されることになります。

“事故にあってない状態”で“現在”に一番近い時期の収入を基礎とするんだと考えれば分かりやすいですね。

この“事故前の収入”の資料としては、サラリーマンやOLなどの給与所得者の方でしたら「源泉徴収票」と「休業損害証明書」が考えられますが、個人事業主などの方の場合、「確定申告書」がもっとも重要な資料とされています。

本件でも、確定申告書の有無が休業損害及び逸失利益の金額に大きく影響しました。

X1は,不動産売買の仲介を業とする会社等2つの会社の代表取締役でしたが、実質的にはX1個人で事業をしているところ、本件事故により休業せざるを得なくなったとして、①X1の基礎収入は、会社の本件事故前の1年間の売上げが1120万3646円であり,少なくともその60%以上である672万2187円が粗利益となるから、仮に1か月に20日(年240日)働いた場合には1日当たりの粗利益は2万8009円となるので,少なくとも平成23年賃金センサスから算出した1日当たり1万6415円の基礎収入は認められると主張しました。

これに対し、裁判所は、X1が本件事故の前後を通じてA等の代表者として不動産仲介業を営んでいたことは認められるものの,①(a)確定申告をしていないとして課税証明書や確定申告書等の証拠がないなど、諸経費の額につきこれを認めるに足りる的確な証拠がない以上、X1が主張する会社の実所得を認めるに足りる的確な証拠はないため、会社の所得額を認定することはできない。

また、②会社の代表者取締役としてのX1の報酬額(のうち労務対価部分)についても、これを認定するに足りる的確な証拠はない。

そうすると、X1が主張する基礎収入を認めることはできない。

もっとも、X1において、一定程度の所得を得られる相当程度の蓋然性は認められるから、X1の基礎収入は,本件事故が発生した平成24年の賃金センサス男性全年齢学歴計である529万6800円の7割である370万7760円(日額1万0158円。小数点以下切り捨て。以下同じ。)とするのが相当であると判断しました。

X2も同様に、建築業及び不動産仲介業等の会社を営んでいるとして少なくとも平成23年賃金センサスから算出した1日当たり1万6415円の基礎収入は認められると主張しましたが、X1と同様に確定申告書等の提出がなく、X2の主張する基礎収入は認められませんでした。

このように個人事業主や会社役員の方が休業損害・逸失利益を請求する際には、確定申告書等の所得に関する公的な資料が非常に重要となります。

節税のために確定申告上は所得が低くなるように申告していらっしゃる方も多いことと思います。

しかし、交通事故に遭ってしまい、いざ適正な賠償を受けようとしたときに、極めて不利になってしまうのです。

もっとも、確定申告をしていないから、もしくは確定申告書上の所得がゼロだからといって、休業損害や逸失利益も必ずゼロと決まってしまうわけではありません。

本件でも、確定申告書等の提出はなかったけれども、一定程度の所得は得られただろうとして、休業損害や逸失利益が認められています。

(2)素因減額

X1については、椎間板ヘルニア等の持病があったことから、「素因減額」すべきか否かも争点となりました。

「素因減額」については、別の裁判例解説「ぶつけていないほうの目も…!?」でも触れていますが、“被害者側の要因で損害が大きくなっている場合には、その分加害者が払うべき賠償額を少なくする”ことが公平だという考え方に基づいています。

つまり、Yに全額賠償責任を負わせるのは“公平でない”と考えられる場合に、素因減額が認められることになります。

本件で、Xは素因減額すべきでないと主張しました。

これに対して、裁判所は、①X1には30年前から腰椎椎間板ヘルニアがあり、平成19,20年頃から左腰痛、左下肢しびれの症状が生じるようになり、事故の数ヶ月前にも間欠跛行の症状があり、レントゲン検査により第5腰椎第1仙椎間椎間腔狭小が認められて、医師から腰部脊柱管狭窄症による間欠跛行(左第5腰神経症状)と診断されたこと、②X1は、腰部脊柱管狭窄症のため本件事故前から通院して腰部硬膜外ブロック等の治療を継続して受けていたことからすると、X1の腰部脊柱管狭窄症は,加齢性変化というよりももはや疾患といえるものであり、これが本件事故による間欠跛行や左腰下肢痛、しびれの発生、拡大に一定程度寄与したと認められ、本件事故の態様に照らすとX1の腰部に相当程度の力が加わったと認められることや、X1の治療期間等を併せ考慮すると、損害の公平な分担の見地から、損害額の1割を減額するのが相当であると判断しました。

お怪我の部位や症状に関連する持病があるからといって、ただちに素因減額が認められるわけではありません。

事故前は症状がなかったり、事故の衝撃が大きいためにそれだけで症状が発生することも十分考えられる場合などは、たとえ持病があったとしても素因減額されないことが多いのです。

本件では、椎間板ヘルニアや椎間腔狭窄等の持病があったことに加え、事故前から本件事故と同様の症状があったことが重視されて素因減額が認められています。

その上で、事故の衝撃が相当程度大きかったこと等から、素因の影響が相対的に小さく捉えられ、減額の割合が1割に抑えられたものと考えられます。

休業損害や逸失利益の請求に関しては、まず第一に、きちんと実態に即した確定申告をすることが、ご自分の身を守る上で大切なことです。

ですが、たとえそれができなかったとしても、その状況の中でもできるだけ高い賠償を得られるようできることはあります。

素因減額については、ご自身で避けられる性質のものではありませんが、持病があるからといって諦めずに請求すべき場合の方が多いものです。

ぜひ当事務所にご相談ください。

お客様のおかれた状況の中での適正な賠償を受けられるよう精一杯お手伝いさせていただきます。

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