裁判例
Precedent
事案の概要
信号機のない交差点において、東西道路を東進して直進進入したY1(Y2会社の従業員で業務中)運転の自動車と、南北道路を南進して直進進入したX運転の原動機付自転車が出合い頭に衝突した事故で、傷害を負ったXがYらに対し損害賠償を求めた事案。
<主な争点>
①過失割合
②逸失利益
<主張及び認定>
主張 | 認定 | |
---|---|---|
治療費 | 55万7816円 | 55万7816円 |
文書料 | 800円 | 800円 |
通院交通費 | 2万1000円 | 2万1000円 |
休業損害 | 259万2000円 | 144万0000円 |
後遺障害逸失利益 | 714万7123円 | 255万2544円 |
通院慰謝料 | 150万0000円 | 110万0000円 |
後遺障害慰謝料 | 280万0000円 | 280万0000円 |
物損 | (ア)原告車両修理費 12万9294円 (イ)ヘルメット買換費用 1万0000円 (ウ)衣服買換費用 4万3000円 |
0円 |
<判断のポイント>
(1)交差点の見通し状況と進入状況
出会いがしらの事故において、過失割合は基本的に避けられない論点です。
「お互いに、前方をもう少し注意すれば事故を避けられたよね」という考慮が働くわけですね。
当事者の方の感覚からすれば、「相手が飛び出してきた!」といいたいところもあるかと思いますが、過失割合を考える際には、冷静に「どういう状況で事故が起きたのか」という客観的な事故状況を分析することが重要になります。
本件事故が起きた交差点では、交差点の北東側角に鉄塔とフェンスが存在しているため、交差点北側から同交差点東側方向に対する見通しは不良であり、本件交差点の南西側角付近にはカーブミラーが設置されていました。
他方、交差点北側から同交差点西側、交差点西側から同交差点北側方向に対する見通しを特段妨げるような障害物はありませんでした。
そのような交差点に、Xは、原付で南北道路を北から南方向に向かって進み、本件交差点に差し掛かって、一時停止線付近で一時停止をしました。その後、Xは、見通しの悪い左側の動向を確認しながら徐行程度の速度で進行したのです。
他方、Yは、自動車で東西道路を西から東方向に時速15km程度の速度で進み、本件交差点に直進進入したところ、原告車両に気付き、ブレーキをかけましたが、衝突してしまいました。
このような交差点の構造と事故態様において、裁判所は「Xには、本件交差点に進入するに当たり、左方の状況に気をとられて右方から進行する車両の有無及び動向の注視を怠った過失があったというほかはない。
まとめ
本件交差点は、原告車両の走行経路上に一時停止の標識及び一時停止線がある交差点であるから、本件交差点を通過するに当たっては、Y車両に通行上の優先関係があるというべきこと、Xは、上記標識等に従い一時停止は行ったものの、その後本件交差点に進入した後、被告車両の存在に気付いたのが衝突直前であったことの各点に照らせば、Xの本件事故に対する過失の程度は相当程度大きいといわざるを得ない」として、XとYの過失割合を55:45と判断しました。
Yの過失よりもXの過失が少し大きいと判断したわけですね。
過失割合というのは“損害の公平な分担”のための論理であって、「事故の当事者間でどちらにどれだけ負担させるのが公平か」という相対的な問題です。
そこで、これが自動車対自動車の事故だった場合について考えてみると、Xの過失割合はもっと高くなった可能性が大きいのです。歩行者より自転車の方が、自転車より原付・バイクの方が、原付・バイクより自動車の方が、事故を起こした場合に相手方に与える損害が大きいと考えられ、よくよく注意して進行しなければならないとされて、その注意を怠った場合の注意義務違反=過失の度合いも高く考えられるわけです。
(2)鎖骨の変形に伴う症状
Xは、本件事故により左肩関節脱臼の怪我を負い、鎖骨に変形が残ったため、自賠責保険から「鎖骨に著しい奇形を残すもの」として後遺障害第12級5号の認定を受けています。
12級の労働能力喪失率は、形式的にいえば14%と決められているので、Xは労働能力喪失率14%を前提に逸失利益を計算してYらに請求しました。
これに対して、裁判所は「鎖骨変形そのものから直ちに労働能力の喪失を認定することはできない。
もっとも、鎖骨の変形による派生障害として、左肩の痛み及び脱力感が認定されていることやXの業務内容等に照らせば,一定程度労働能力に影響があることが認められる。
以上の諸事情を考慮し,労働能力喪失率は5%を相当と認める。」と判断しました。
後遺障害として認められる鎖骨の変形は、裸になったときに変形が明らかにわかる程度のものです。“程度”として明らかな変形が残ってしまったことになるので、12級という等級が認められるわけですが、一般的に言えば、鎖骨が変形しても、それだけで労働に何か支障が出るものとは考えられません。身体を動かしたり、物を考えたりする際に、鎖骨が変形していても影響がないということですね。
ですから、鎖骨の変形で後遺障害が認められた場合、それだけで逸失利益を請求するのは難しくなります。
そこで、鎖骨の変形にともなって、他に何か症状が残っていないか、その症状がお仕事にどう影響するかがポイントとなるのです。
本件でも、「鎖骨の変形による派生障害として、左肩の痛み及び脱力感」があったこと、Xの仕事が庭師であったこと等から、逸失利益が認められました。
鎖骨に変形が残るようなお怪我をされた場合は、痛みや周辺部位の動かしにくさ(=可動域制限)等のお仕事に支障を来たすような症状についても、しっかりと医師に伝え、診断書やカルテの記載として残しておいてもらうようにしてくださいね。
本件では、結果的に逸失利益は認められましたが、それでも12級で形式的に認められる14%ではなく、5%の労働能力喪失率が認められたにとどまります。鎖骨の変形で逸失利益を請求していくことが難しいことがよく分かりますね。
自賠責から後遺障害の認定を受けたなら、しっかり賠償額に反映させていきたいところです。
しかし、後遺障害の等級やそれに伴う形式的な数字が、必ずしも全ての場合に当てはまるわけではありません。
適切な賠償を得るためには、それぞれの賠償項目の趣旨をよく理解し、適切に対処していくことが重要です。
ぜひ一度当事務所にご相談ください。ひとつひとつ丁寧に説明し、アドバイスさせていただきます。