裁判例
Precedent
事案の概要
X1(10歳)が自転車で車道を横断中にYの運転する自動車に衝突させられた。
X1は、頭部外傷、肺挫傷、肋骨骨折、顔面骨折、顔面打撲等の傷害を負い、約2年間の治療を受けたが、高次脳機能障害が残存したため、これについて損害賠償請求をした。
また、X1の父であるX2は、X1が将来通常の労務ができないことが見込まれるため、勤務先を退職し、X1のためにNPO法人を設立することを企図したため、勤務先退職による逸失利益を請求した。
X1の母であるX3は、X1が事故に遭った後の場面を目撃したことにより、フラッシュバック等の症状が出、この治療を受けたため。この治療費等を請求した。
<争点>
①X1の後遺障害の重さ
②X2の損害内容
③X3の損害内容
<請求額及び認定額>
<X1の損害>
主張 | 認定 | |
---|---|---|
治療費・通院交通費 | 12万1655円 | 12万1655円 |
入院雑費 | 31万4094円 | 12万6000円 |
入院付添看護費 | 54万6000円 | 52万9200円 |
退院後介護費 | 427万7000円 | 263万2000円 |
入通院慰謝料 | 304万8000円 | 200万0000円 |
逸失利益 | 8371万5099円 | 5346万9656円 |
後遺障害慰謝料 | 2500万0000円 | 1400万0000円 |
将来付添費 | 4581万2501円 | 2114万4231円 |
雑費その他 | 35万3779円 | 0円 |
症状固定後の検査費用等 | 58万1679円 | 58万1679円 |
弁護士費用 | 800万0000円 | 425万0000円 |
<X2,X3の損害>
主張 | 認定 | |
---|---|---|
X2の逸失利益 | 2500万0000円 | 0円 |
X3の治療費・通院交通費 | 18万3430円 | 0円 |
X2、X3固有の慰謝料 | 各1000万0000円 | 各250万0000円 |
<判断のポイント>
(1)X1の後遺障害の重さ
X1は事故により脳損傷を負い、高次脳機能障害が生じています。
しかし、高次脳機能障害と一言で言っても、その程度や症状はさまざまです。
したがって、被害者それぞれに、事故前には何ができたのか、事故後には何ができて何ができないのかという点をきちんと確認する必要があります。
また、高次脳機能障害は、被害者本人には症状の自覚がないことがほとんどですので、ご家族や周囲の方の助けが必要となります。
X1は10歳の時に事故に遭い、事故後は1ヶ月以上意識不明の状態でした。意識が回復した後は、言葉を発せず、医師からは3歳児の状態であるといわれるほどでした。
その後、徐々に回復し本件訴訟時には中学校の普通学級に進学してはいましたが、易怒性、性格の異常等の人格変化、記銘記憶力、認知力、言語力、理解力、判断力、集中力などが軒並み低下していました。
裁判所は、これらを認定した上で、周囲の支援の下一人で通学している点も踏まえ、「単純繰り返し作業に限定すれば、一般就労ができない又は極めて困難であると評価することはできない」と判断し、後遺障害等級5級相当であると判断しました。
高次脳機能障害は、このように、できないことやその程度から、就労可能性を判断して等級を認定します。
社会生活に服することができるか、という観点からの分析が必要となりますので、家庭や学校、職場での状況が重要な資料になるのです。
(2)X2の損害内容
X2は、X1のために自身が退職してNPO法人を設立することを決意しています。そのため、退職後の逸失利益を請求していますが、裁判所はこれを事故による損害と否定しました。
そもそも、直接事故の被害に遭った人間以外は、賠償請求が認められることはかなり難しくなります。
本件では、裁判所は「退職すること自体、X2の意志に基づくものである」とした上で「X1に対する就労支援や作業所が必要であるとしても、後遺障害が残存したX1に対する随時の声かけ、看視のための将来の介護費、後遺障害逸失利益及び後遺障害慰謝料が損害として認められる」ことから、それ以上にX2固有の損害として逸失利益を認めることは相当でないと判断しました。
X2としては、息子の将来の受け皿を作るために、お金度外視で頑張るという意図だったものと思われますが、X1の将来の不利益については、X1に対する慰謝料や逸失利益によって補填されていると判断されたものです。
もっとも、将来ある息子が、生死不明状態になり、回復後も重度の後遺障害を残しているという点は、死亡に比肩し得る損害を受けたものといえるため、固有の慰謝料を認めました。
(3)X3の損害内容
X3は、本件事故によりフラッシュバック等に悩まされるようになったことで、この治療費等を請求しましたが、これも裁判所は否定しました。
これもやはり、X3は、事故後のX1の様子を目撃してはいますが、本件事故を直接に体験した被害者であるとは言えないため、間接損害となってしまうことから、事故と因果関係のある損害といえないためです。
事故をきっかけに生じた損害が何でも賠償されることになってしまうと、無限に賠償範囲が広がってしまいますし、加害者としてもどこまで賠償すればよいかが予測できなくなってしまいます。
したがって、基本的には、直接の被害者に事故によって通常生じうる範囲の損害が、賠償の範囲となります。
本件では、X3は事故直後の現場を目撃してはいますが、これは直接交通事故を体験したわけではないため、間接的な損害となってしまいます。
もっとも、X2と同じ理由から、固有の慰謝料は認められています。
まとめ
事故によって、脳損傷が生じた場合は、高次脳機能障害が発生する可能性があります。
本件では、かなり重度の障害が残ったため、立証はそこまで困難ではなかったと予測されますが、年少者が事故に遭った場合には、障害の立証が難しい場合もあり得ます。
成長過程ということもあり、どこまでが高次脳機能障害の影響で、どこからが単純な学力の問題なのかが判然としないこともあるからです。
事故後に、今までと比べて学力が落ちた、理解力が落ちたという場合には、脳損傷が影響している可能性があります。
そのような可能性については、事故後の治療や検査の状況から、脳の障害を立証できないかどうかの慎重な検討が必要となります。
学習障害や発達障害が急に見られるようになった裏に、外傷による高次脳機能障害が隠れているかもしれません。
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