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交通事故
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脊髄損傷
玉突き事故の果て【後遺障害1級】(神戸地判平成20年4月11日)

事案の概要

X1(当時43歳・女性)が普通乗用自動車に乗り信号待ち停車中、後続車が2台Xの後方に停車したところ、そのさらに後方からY運転の普通乗用自動車が追突。

Xは4台玉突き事故の先頭車両として、追突を受けた。

これによりX1は、脊髄損傷により両上下肢に麻痺が残ったとして、Yに対し損害賠償を請求。X1の父母であるX2及びX3も、固有の損害を請求した。

<争点>

①X1が脊髄損傷等を本件事故によって負ったといえるか
②事故時に無職であった被害者に、逸失利益が認められるか
③X2及びX3に、固有の損害が認められるか

<請求額及び認定額>

<X1の損害>

主張 認定
入院雑費 26万9100円 26万9100円
付添看護費 1618万4000円 780万1000円
将来の介護費 1億0973万9580円 9043万1517円
車椅子購入費 520万6966円 514万4479円
自動車改造費 382万2781円 382万2780円
介護用ベッド 2万1400円 6万7185円
福祉機器等 451万8877円 409万3980円
家屋改造費 2625万7650円 2625万7650円
休業損害 2318万5788円 0円
逸失利益 5411万4158円 3704万2341円
入通院慰謝料 600万0000円 468万0000円
後遺障害慰謝料 3000万0000円 2300万0000円
弁護士費用 1000万0000円 1000万0000円

<X2の損害>

主張 認定
慰謝料 500万0000円 200万0000円

<X3の損害>

主張 認定
慰謝料 500万0000円 200万0000円

<判断のポイント>

①X1が脊髄損傷等を本件事故によって負ったといえるか
本件でまず問題となったのは、X1の症状と本件事故との因果関係です。

本件事故は、加害車両含む4台もの追突事故ではありますが、間の二車両の乗員に傷害結果は発生しておらず、X1車両の損傷状況も、バンパーが少し凹んだ程度でした。

そうすると、果たしてX1に脊髄損傷という重大な傷害を負わせるような事故であったかという点が問題となります。

また、X1の症状推移も、一時は知覚障害や麻痺が軽快したものの悪化していることが見受けられ、脊髄損傷における症状の推移とは整合しない点でも問題となります。

しかし、本件で裁判所は、これらの点について、X1が本件事故以前には身体に障害を負っていなかったこと、X1にみられた椎間板ヘルニアが画像上外傷性だと認められること、各種検査上X1に確かに麻痺や排尿障害が生じていると認められることから、X1に残存した障害は、本件事故によって生じたものであると認定しました。

そして、脊髄損傷における症状の推移と整合しない点については、確かにX1の「症状を全て脊髄損傷によって説明することには無理がある」としながらも、「その全てを脊髄損傷によって説明することができなくても、本件事故による脊髄損傷及びこれに起因する何らかの原因によって生じたというべきであり、その原因が明らかではなくてもX1の両上下肢麻痺及び排尿障害は社会通念上本件事故によって生じたものである」と判断しました。

つまり裁判所は、
(1)事故によって脊髄損傷が生じたことは画像上認められる
(2)脊髄損傷に伴う症状が出ている
(3)整合しない症状についても、本件事故が原因といえるだろう
というような判断をしていることになります。

さらに着目すべきは、裁判所が「むしろ、Y1が上記の原因が本件事故とは無関係の事由によって生じたものであることを主張及び立証すべきである」と付言しているところです。

通常、交通事故に基づく損害賠償請求をする際には、その事故によって損害が発生したということと、その損害の額は、請求する側、つまり被害者がしなければなりません。

これを立証責任といいます。

つまり「事故によって身体のどこそこがどうなってどういうメカニズムで現在の症状が出ています」ということを主張するのみならず、立証しなければならないのです。しかし、現代医学が発展してきているとはいえ、身体のことは未だ分からないことだらけ。被害者が抱えている症状について、全てをこと細かく立証するということは事実上不可能であることは少なくありません。

この点本件では、障害の大元となる脊髄損傷とそれに伴う症状が認められれば、その他の症状について多少整合しないものがあったとしても、これは社会通念上本件事故によって生じたものとし、そうでないことを加害者が立証すべきだとしているのです。

②事故時に無職であった被害者に、逸失利益が認められるか
X1は本件事故にあった時点では、腎臓を悪くし、無職でした。

そのため、休業損害は認められませんでした。

では、このような場合、将来分の休業損害とも言える逸失利益は認められるでしょうか。

一般的には、就労の蓋然性があれば事故時に無職であっても一定範囲で逸失利益が認められます。就労の蓋然性というと難しいですが、「働く意欲」と「働ける能力」があるかどうかということです。

本件では、X1は確かに事故時に無職でしたが、それは腎臓を悪くしたことで仕事を休んでいたという理由があり、高校卒業後は、学習塾の講師や家庭教師をしてきたという実績があるため、「将来的には収入を得ることができたというべき」と判断されました。このように、資格や職歴、そして無職である理由などが大きな意味を持つことになります。

③X2及びX3に、固有の損害が認められるか
本件では、事故には直接遭っていないX1の両親であるX2及びX3も損害賠償請求をしています。

両親や配偶者、子どもなどは、近親者が死亡した場合に固有の慰謝料が認められます。

これは必ずしも死亡に限らず、死亡に匹敵するような場合(植物状態等)にも近親者固有の慰謝料が認められる可能性があります。

本件では、X1は本件事故によって脊髄損傷を負い、両上下肢麻痺及び排尿障害の後遺障害を残して症状固定し、移動には車椅子が必要で、食事には介助具が必要であるため、日常生活が困難であり、日常動作全般に介助が必要な状態であることから、「死亡にも比肩すべき精神的苦痛を被った」と認定し、両親に200万円の慰謝料を認めました。

まとめ

本件は、軽微な事故態様と思える交通事故の被害者に対して、高額な損害を認めた点が非常に特徴的です。

上記のとおり、一般的には受傷の事実や損害の金額について、被害者が立証しなければならず、立証ができていないと判断される場合には、その部分については0円となってしまいます。

本件のような、物損が軽微な事故の場合、そもそも「受傷自体したといえるのか?」という点から争いになることも多く、この立証に苦心することも少なくありません。

本件で大きかったのは、画像上外傷性の椎間板ヘルニアであると認められているところです。通常は、この立証が最も困難ですが、本件では治療期間が相当長期に及んだことから、MRI画像における椎間板ヘルニアの状態を時系列で観察することができ、その推移から外傷性であると認定されているようです。

もし、この椎間板ヘルニアが外傷性だとの認定が受けられなかった場合には、

(1)軽微な事故であるから、ヘルニアが生じるとはいえない
(2)したがって、既往症のヘルニアが悪化したのみである

などの論理で、受傷が認められなかったり、大幅な素因減額がされていた可能性も否定できません。

やはり、医学的にどのようなことがいえるか、どのような立証材料があるかという点が非常に重要になってきます。

後から「あの時画像を撮っておけば…」となっても、後の祭りという場合もあります。

そのような憂き目に遭わないためにも、交通事故後に身体の調子が思わしくなかったら病院に受診するのと同時に、弁護士にもご相談ください。

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