裁判例
Precedent
事案の概要
車道を自転車走行中だったX(19歳・女性)は、すぐ横を通り過ぎようとした路線バスと接触し転倒。骨盤骨折等の傷害を負ったため、同バスの運行会社であるYらに対して、損害賠償の請求に及んだ。
<争点>
①Xに過失相殺されるだけの不注意があるか
②Xの後遺障害は何級か?
ⅰ)労働能力喪失率は何%か?
ⅱ)後遺障害慰謝料はいくらか?
<主張及び認定>
主張 | 認定 | |
---|---|---|
治療費 | 209万8640円 | 199万9820円 |
付添看護費 | 109万8500円 | 109万5500円 |
交通費 | 38万7000円 | 4万1650円 |
消耗品費 | 36万2320円 | 36万2320円 |
休業損害 | 1003万8525円 | 497万9529円 |
逸失利益 | 5720万2846円 | 2586万2503円 |
将来分消耗品費 | 279万4298円 | 266万1229円 |
入通院慰謝料 | 280万0000円 | 280万0000円 |
後遺障害慰謝料 | 2000万0000円 | 1200万0000円 |
入院雑費 | 21万7100円 | 21万7100円 |
物損 | 1万0000円 | 1万0000円 |
損害のてん補 | ▲936万5035円 | ▲936万5035円 |
弁護士費用 | 900万0000円 | 400万0000円 |
<判断のポイント>
(1)Xに過失相殺されるだけの不注意があるか
①Xに過失相殺されるだけの不注意があるか 本件事故は、車道を走行する自転車と路線バスが接触して、自転車が転倒したものです。
この点、Y側からは「Xがふらついて勝手にぶつかってきた」「路側帯ではなく車道を走っているのが悪い」等の主張がされ、過失相殺がなされるか争われました。
裁判所は、刑事事件の記録上、Yの運転手が事故の原因を「自転車を追い抜いて行くことが分かっていながら、…対向車の動きにばかり気がいってしまい、相手の自転車に全然注意しなかったこと、それに、相手は私の車が追い越すときは、当然除けてくれるものと思って進んでしまったこと」と供述していることから、Y側に重大な不注意があったと判断しました。他方で、Xは自転車で走行をしていただけであるため、過失相殺は認められませんでした。
自転車は、道路交通法上は軽車両として車両に含んで扱われています。
そして車両は、路側帯と車道の区別のある道路においては、車道を通行しなければならないと定められています。Y側は「路側帯を走らなければならなかった」と主張していますが、自転車が車道を走行することは法律上問題ありません。
もっとも、軽車両は自動車等に比べて走行速度が遅いため、車道を走行する際には左端に寄って走行し、追いつかれた際には適切な避譲措置をとることが求められます。
本件では、Xは路側帯寄りを走行していたため、特段過失相殺となるような不注意は認定されませんでした。
(2)Xの後遺障害は何級か?
Xは、本件事故によって身体の各部に傷害を負い、以下のような後遺障害が残存したと主張しました。
(1)人工肛門装着による身体の各所の痛み、全身の疲労感(後遺障害5級3号)
(2)骨盤骨変形(後遺障害12級5号)
(3)骨盤骨変形による通常分娩の困難性(後遺障害9級16号)
(4)外貌の醜状(後遺障害7級12号)
(5)右下肢の短縮(後遺障害13級8号)
(6)頭痛、右手痺れ感等(12級12号)
これらのうち、(1)、(2)、(5)、(6)については、裁判所はXの人工肛門による弊害や実際の就労状況等を詳細に認定した上で、それぞれ9級11号、12級5号、14級12号に該当すると認定しました。((5)については、(2)で評価されていると判断しました。)
また、(3)については、骨盤骨が変形し、それによって賛同が競作し、通常分娩が困難な状況となっていることを認定しながらも、労働能力には影響しないため逸失利益の算定には考慮しないとし、具体的に後遺障害何級に該当する、という判断はしませんでした。
(4)について、Xは人工肛門になってしまったこと及び背部や大腿部に小さな瘢痕があることを主張していましたが、人工肛門自体は外貌醜状とはいえないし、瘢痕も大きさが規定に達しないことから、後遺障害には該当しないと判断しましたが、慰謝料の算定に考慮するとしました。
以上から、裁判所はXの後遺障害を併合8級と判断し、労働能力喪失率は45%と認定しました。
しかし、裁判所は「女性でありながら生涯にわたり人工肛門を装着しなければならないこと、骨盤骨の変形によって産道が狭窄し、通常分娩が困難な状況にあるといえること、腹部や大腿部などに複数の醜状痕をのこしていること」などから、後遺障害慰謝料は8級の基準額である830万円を大きく超える1200万円を認定しました。
まとめ
昨今、自転車の交通ルールについて厳罰化が進められ、それに伴い自転車側に過失があるという主張は以前より強まっているように感じます。
本件事故は平成9年のものなので、厳罰化傾向となる前ですが、現在の道路交通法に照らしても、Xには特に過失相殺すべき不注意は認められないでしょう。
自転車は歩行者よりも高速度かつ制動困難であり、自動車に比べればはるかに脆弱なので、交通ルールをしっかり守って、万が一に備えることが重要といえます。
なお、上述のとおり自転車を含む軽車両は、歩道と車道が区別してある場合には原則として車道を走行しなければなりません。
しかし、歩行者の通行を著しく妨げない限り道路左側の路側帯を通行することもできますし、車道を走行することが危険である場合には歩道を走行することもできます。
自動車や歩行者の妨害にならないように、臨機応変な運行が求められますが、なによりも優先すべきは、自身や他人の安全ということですね。
本事案で注目すべきところは、後遺障害の認定の仕方です。一般的には後遺障害の認定がされた場合、その認定された等級にあわせた後遺障害慰謝料と逸失利益が認められます。
これらは、各等級である程度の基準化がなされています。例えば、後遺障害8級の場合には、慰謝料は830万円、逸失利益の算定の基となる労働能力喪失率は45%となります。
もっとも、残存障害によって肉体的精神的に受ける損害と、労働に関して生じる支障は必ずしもリンクしないこともあります。
例えば、外貌醜状であれば、精神的には大きなダメージを受けるでしょうが、顔に傷痕が残ることは必ずしもお仕事上の支障や収入減にはつながらないでしょう。
そうすると、「後遺障害が何級か?」ということと、「後遺障害慰謝料がいくらか?」及び「逸失利益はいくらになるか?」ということは、論理必然性がないことになります。
そこで本裁判例では、まずXに残存している症状をひとつひとつ認定した上で、それが労働能力に影響を与えているかを検討しています。
その意味では、骨盤骨変形による通常分娩の困難性や、人工肛門装着等は、労働能力には影響しないとしています。
しかし、それらの症状が残存しているのは確かであるため、これらが与える精神的損害は確かに存在するとして、後遺障害慰謝料を後遺障害8級どころか、6級をも上回る1200万円もの金額を認めています。
これは、非常に合理的な認定のされ方のように思われます。特に本件のように負傷部位が多く、様々な症状が残存しているような事案においては、それらを一律に「後遺障害」という言葉で論じていては、具体的で妥当な解決には結びつきません。
重要なのは、その症状が仕事にどのような影響を与えるか?ということと、その症状が精神や肉体にどのような影響を与えているか?ということです。
これらを裁判所に適切に認めてもらうには、地道な立証作業が必要です。
傷害部位や残存症状が多い場合には、是非とも弁護士にご相談ください。