裁判例
Precedent
事案の概要
X(原告:64歳女性)が、交差点で傘を差して自転車に搭乗中、衝突までXに気付かなかったY(被告:83歳男性)運転の乗用車に出会頭に衝突され、左大腿骨転子下骨折、左下腿打撲等の傷害を負い、約1年2ヶ月入通院して、自賠責14級9号後遺障害認定を受けたが、12級7号または13号左股関節部の疼痛、14級9号左足関節の痛み等から併合12級後遺障害を残したとして、既払金201万8006円を控除し、1354万3374円を求めて訴えを提起した。
<主な争点>
①Xの過失の程度と過失相殺の可否
②Xの傷害、後遺障害の有無及び内容
<主張及び認定>
主張 | 認定 | |
---|---|---|
治療費 | 151万8006円 | 151万8006円 |
入院雑費 | 9万9000円 | 9万9000円 |
通院交通費 | 1793円 | 1793円 |
文書料 | 1万0800円 | 1万0800円 |
装具購入費 | 1万9300円 | 1万9300円 |
休業損害 | 246万5545円 | 124万3400円 |
後遺障害逸失利益 | 440万1436円 | 236万7911円 |
入通院慰謝料 | 225万0000円 | 200万0000円 |
後遺障害慰謝料 | 350万0000円 | 280万0000円 |
物損 | 9万5500円 | 9550円 |
過失相殺 | ▲15% | |
既払金 | ▲201万8006円 | ▲201万8006円 |
弁護士費用 | 120万0000円 | 65万0000円 |
合計 | 1354万3374円 | 719万1290円 |
<判断のポイント>
① Xの過失の程度と過失相殺の可否
本件の具体的な検討に入る前に、過失や過失相殺について少し説明をします。
過失とは、ざっくりと言えば不注意のことを言います(法律的には客観的注意義務違反といいます)。
そして過失相殺とは、被害者が加害者に対して損害賠償請求をする場合、被害者にも過失があったときに、公平の観点から、損害賠償額を減額することを言います。
その減額の度合いは過失割合で決まります。
交通事故においては、過失割合は事故態様に応じて類型化されており、ある程度決まっています。
実務においては、判例タイムズ社という出版社が出している「民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準」という本が使われていますが、これは裁判例をもとにして過失割合の基準が決められています。
典型的な事故の場合には、その基準をそのまま用いる場合もありますが、ある程度修正要素も定められており、個別具体的な事情に応じて過失割合の修正がなされます(あくまで目安ですが)。
例えば、本件のように、自転車と四輪者が信号のない同幅員の交差点で出会いがしらの衝突事故に遭った場合、基本的には自転車が2割、自動車が8割の過失があるとされます(20:80と表現されます)。
ただ、自転車の側が児童や高齢者である場合には被害者の過失割合から-5の修正を行い(すなわち15:85)、自動車に著しい過失(要はひどい不注意)がある場合には被害者の過失割合から-10の修正を行うとされています(すなわち10:90となります)。
過失割合は、上で述べたように、過失相殺で減額する度合いを言いますから、被害者が請求できる損害賠償額にかかわってきます。
つまり、被害者が怪我をして100万円の損害が生じている場合、20:80の過失割合であるときには、被害者は80万円の請求しかできないことになります。
それでは、これらの点を踏まえて本件の裁判例を見てみたいと思います。
本件では、Xは、高齢者に準ずる者であること、Y車の速度の点やY車が衝突するまでX車に気付かない点でYに著しい過失があることからすれば、過失相殺すべき事案ではないと主張しています。
これに対してYは、Y車がX車の左方車であり優先関係にあること、Xが折りたたみ傘を持って片手運転をしていたことから、Yの過失割合を加重する理由にはならないと反論しました。
この点につき裁判所は、Yには、X車と衝突した後にすら、右方から進入してきたX車について、左方から進入してきたと当初思っていたほどX車の発見が遅れたことからすれば、Yには前方不注視及び交差道路の安全不確認という点で、一般的に想定される程度以上の著しい過失があるとしました。
また、Xには、右手に傘を差したまま片手で自転車を運転した点、左方のY車を発見したにもかかわらず停止するものと軽信して進行したことについて過失があるとする一方、64歳であり注意力・判断力が低下しがちな要保護性の高い存在であることも考慮すべきとしました。
その結果、Xに15%の過失相殺を行うのが相当と判断しました。
上で述べた過失相殺の例のように、目安としては、自転車の運転者が高齢者の場合は-5、相手に著しい過失がある場合は-10を、被害者の過失割合において修正します。
もっとも本件では、その両方が考慮されているにもかかわらず、Xに15%の過失割合が認定されています。
すなわち、Xの傘差し運転などの過失が相当程度考慮されていることがわかります。
近年、自転車事故が多くなり、取り締まりや罰則も厳しくなっていることからも、この裁判例の結論は妥当なものと言えるでしょう。
② Xの傷害、後遺障害の有無及び内容
本件では、Xの後遺障害逸失利益も争点となりました。
Xは、左股関節部につき12級7号又は12級13号、左足関節部につき14級9号、左下肢の醜状につき準114級とされるべきで、併合12級が相当であると主張し、Yは全面的に否認しました。
裁判所は、Xは、本件事故により左大腿骨転子下骨折の傷害を負い、インプラント(髄内釘)を固定する手術を受けたこと、骨癒合が完成し症状固定時まで一貫して疼痛を訴えていたこと、症状固定時において疼痛が残存し、担当医師は症状固定時においても大転子部にインプラント突出部位があることが疼痛の原因となっている旨診断していることを認定しました。
そのうえで、Xの左臀部の疼痛は、インプラントの突出部位の刺激によると説明でき、この症状は疼痛と整合する部位にインプラントが残置されていることに裏付けられ、医師の診断もあることから、「局部に頑固な神経症状を残すもの」として後遺障害等級12級13号に該当すると判断しました。
まとめ
本件は、自転車と自動車の事故を紹介しました。
そして、例に出した事故態様だと、過失割合は20:80が基準となります。
ここで、そもそも修正前の過失割合が、自動車の側に不利になっていることに疑問をもたれる方もいらっしゃると思います。
もっとも、これは自動車の方がスピードも出るし車体が大きく安定性があるので、自転車と自動車が衝突した場合、双方の損害に必然的に差が生じることからです。
そこで、交通事故を避けるべき注意義務は、自動車の側に大きく課されることになります。
そして、修正を行って適正な過失割合を決めて賠償額を確定するのですが、過失割合は本件のように様々な事情を考慮して決められるものです。
過失割合が5%も違えば、賠償額も大きく異なります。