裁判例
Precedent
事案の概要
Yが追い越し禁止場所であるトンネル内部で、先行する大型貨物自動車をその右側から追い抜こうと加速し対向車線に進出したところ、同対向車線を走行してきたX1と衝突。
X1は右大腿骨幹部開放骨折、右下腿骨幹部開放骨折、右上腕骨顆上部粉砕骨折等の傷害を負い、右大腿切断処置等を受けた結果、右大腿以下を喪い、その他の障害も残存したため、X1がその賠償をYに請求した。
また、X1の妻であるX2も、X1の障害につき固有の損害を請求した。
<主な争点>
①X1の事故と因果関係ある損害範囲はどこまでか?
②X2には、事故と因果関係の有る損害が認められるか?
<主張及び認定>
X1の損害
主張 | 認定 | |
---|---|---|
治療関係費 | 404万2572円 | 392万6462円 |
症状固定前の装具代 | 158万4159円 | 158万4159円 |
入院雑費 | 30万1500円 | 30万1500円 |
付添人交通費 | 18万1866円 | 18万1866円 |
通院交通費 | 9万6690円 | 9万6690円 |
付添介護費用(入院中) | 140万7000円 | 140万7000円 |
付添介護費用(通院中) | 318万4000円 | 131万3400円 |
将来の付添介護費用 | 5698万4607円 | 569万1372円 |
義足(日常用) | 3539万5587円 | 587万5900円 |
義足(作業用) | 1156万7930円 | 0円 |
義足(運動用) | 1196万5836円 | 0円 |
右手指義手 | 366万2009円 | 46万7784円 |
車いす | 106万5823円 | 66万6600円 |
入浴補助用具 | 31万1125円 | 4万3641円 |
四輪車改造費用 | 38万8010円 | 33万9866円 |
三輪バイク(通勤用) | 144万7968円 | 188万0288円 |
三輪バイク(ツーリング用) | 702万357円 | 0円 |
家屋改造費 | 655万6278円 | 655万6278円 |
将来家屋立替費用 | 6553万7679円 | 0円 |
休業損害、傷病逸失利益 | 615万0976円 | 68万0364円 |
給与逸失利益 | 1億0201万3577円 | 7474万8742円 |
退職金逸失利益 | 569万4480円 | 0円 |
傷害慰謝料 | 410万0000円 | 379万0000円 |
後遺障害慰謝料 | 2300万0000円 | 2388万0000円 |
既払金控除後元本 | 3億4795万8763円 | 1億2772万7433円 |
弁護士費用 | 3067万0000円 | 1277万0000円 |
合計 | 3億4860万8434円 | 1億4049万7433円 |
X2の損害
主張 | 認定 | |
---|---|---|
休業損害 | 105万3318円 | 0円 |
固有慰謝料 | 300万0000円 | 0円 |
弁護士費用 | 40万0000円 | 0円 |
<判断のポイント>
①X1の損害と因果関係
本件でX1は様々な費目の損害を請求していますが、中には0円と認定されているものがあります。
これは、本件事故と因果関係が認められない損害と認定されたということです。
損害賠償は、事故をきっかけに生じた損害なら何でも補償がなされるわけではありません。
そのような事故によって通常生じる損害であると法的に認められて初めて補償を受けることが出来ます。
この考え方を「相当因果関係」といいます。
例えば本件ではX1は日常用の義足の他に、作業用や運動用の義足費用についても請求しています。
この点について裁判所は「複数の義足を用いることでより快適になることは否定されないが、性能が良く汎用性の高い義足及び車いすの併用の範囲を超えて、本件事故との相当因果関係内にある損害と認めること出来ない」と判断しています。
これはツーリング用の三輪バイクについても同様の判断がなされています。
また、日常用の義足についても、実際にX1が使用しているものは300万円以上する高性能なものでしたが、裁判所はそのような高性能なものが必要であるとはいえないとし、一般的な水準として100万円の範囲で認め、これを基準として将来の交換費用等を産出しました。
②X2の損害と因果関係
本件では、事故には直接遭っていない妻のX2も損害賠償請求をしています。
X2の主張としては、「X1の介護のために休業したためその補償を求める」「配偶者であるX1が重傷を負ったことからX2も精神的損害を負ったため、賠償を求める」というのが大筋です。
この点、裁判所は前者についてはX1の損害として「付添い介護費用を認めており、重ねて休業損害を認めることはできない」と否定しました。
また、精神的損害についても「X1の症状、生活状況、X2が平成23年8月にX1と離婚していること等を考慮すれば」慰謝料は認められないとしました。
配偶者や子どもなどは、近親者が死亡した場合に固有の慰謝料が認められます。
これは必ずしも死亡に限らず、死亡に匹敵するような場合(植物状態等)にも近親者固有の慰謝料が認められる可能性があります。
しかし本件では、X1は重傷とはいえ仕事にも復帰できていることや、その後のX2との生活状況からすると、「近親者の死亡」に匹敵するほどの精神的損害がある場合ではないと判断されました。
まとめ
本件は、損害費目をかなり細かくかつ多様に請求している点が特徴です。
民事損害賠償は「損害の公平な分担」という理念があるので、事故をきっかけにかかった費用なら全てが認定されるというわけではないのが、法律の現状です。
本件では、義足について「一般的な水準」というもので、仮定的な算定がされています。
もっとも、全てにおいてこの「一般的な水準」が妥当するとも限りません。
義足の美観目的費用(機能的には変わらないが、見た目を実際の脚に近づけるための費用)につき争われた事案で「不法行為における賠償の対象となる財産的損害とは、不法行為前の状態と不法行為後の現実の状態との差を財産的に評価したものと解される」としたうえで、「本件事故がなければ有したであろう状態と比較して、控訴人の精神的苦痛の点を捨象しても上記義足等の代金相当額を下回らない差が存することは明らかといわなければならない」として、認めた裁判例があります(福岡高判平成17年8月9日)。
損害賠償は「損害の公平な分担」と同時に、「原状回復」をも目的としていることからすれば、下肢を喪失したという不可逆の事実に対して、「一般的な義足で良いだろう」というのはいささか乱暴な議論にも思えます。十全な脚の代わりというものは、現在のテクノロジーでも未だ不可能であることからすれば、可能なかぎり快適な義足を求めたいのは当然の願いだと思います。この線引きをどこにするかというのが、難しいところです。
結局のところ、事故による症状と、その不都合性、解消の必要性などを、事案に応じてひとつひとつ主張立証していくしかないと思われます。
なお、義足の点については、「この先テクノロジーが進歩した結果、安くなるかもしれない」という点と、「この先テクノロジーが進歩した結果、より良いものが(高額だが)手に入るようになるかもしれない」というような不確定要素もあります。
これらの点も、将来義足費用の部分の賠償額にかかわってくることがあります。
このように、多岐にわたる論点がありうるので、専門家と相談の上、適切な賠償請求をする必要があります。
ぜひご相談ください。