裁判例
Precedent
事案の概要
Yは2トン車両で制限速度時速40キロメートルの道路を、時速約50キロメートルで走行中に前方不注意により被害車両に追突した。被害車両は追突の衝撃でさらに前方車両へ衝突し、玉突き事故となった。
なお、被害車両にはAが乗車しており、AはXを身ごもっていた。
事故から約2ヵ月後に、AはXを妊娠7ヶ月で出産したが、Xは難聴及び精神発達遅滞等の障害を有していた。
Xは同障害を事故によるものであるとして、Yに損害賠償の請求をした。
<争点>
・Xの障害が、本件事故によって発生したものといえるか
・Xの労働能力喪失率はどの程度か
<主張及び認定>
主張 | 認定 | |
---|---|---|
逸失利益 | 2724万7631円 | 1777万1372円 |
後遺障害慰謝料 | 1373万0000円 | 600万0000円 |
<判断のポイント>
(1)Xの障害が、本件事故によって発生したものといえるか
本件は、事故時に胎児だったXが、障害をもって産まれたことで、同障害は事故によって生じたものであるという主張がなされ、裁判所はこれを認めました。
事故の加害者に対する損害賠償請求が認められるためには、その損害が事故によって発生したものであるという因果関係の立証が必要になります。
そしてこの因果関係の立証は、事故から時間が経てば経つほど難しくなるのが通常です。
本件では、
①事故によって、早産となった
②早産によって、障害が生じた
という二つの因果関係を立証することによって、障害の発生と事故との因果関係を結びつけることに成功しました。
①事故によって、早産となったこと
本件では、Xは妊娠7ヶ月で誕生しており、これは明らかに早産であるといえます。
したがって問題は、この早産が事故の影響によるものといえるかどうかという点です。
本件では、まず、事故前には母子ともに健康で、特段の異常はないことが確認されています。
そのような状況の中、2トン車が時速50キロメートルで追突をし、かつ玉突き事故になっているという本件事故状況からすると、Aには相当強度な衝撃が加わったと裁判所は推察しました。
また、Aは、本件事故前は健康であったにもかかわらず、本件事故後に性器出血、腹部の緊張、下腹部痛等の異常が出現していました。これらの異常は一時的におさまるも、結局事故から2ヵ月後、Xは妊娠7ヶ月で産まれるに至っています。
これらの事実からすれば、Xの早産は、本件事故による母体Aへの衝撃が影響しているといえ、Xは本件事故によって、早産となったと認定されました。
②早産によって、障害が生じたこと
Xの障害は、聴覚障害、言語発達遅滞及び精神発達遅滞です。
これらの障害について、脳や鼓膜に器質的損傷はなく、事故の衝撃で直接Xが怪我を負った、障害が発生したと考えるのは、難しいところです。
しかし、X及びAの診察をした医師らは、「未熟児が感音性難聴になる比率はきわめて高い」「低体重出生の場合、先天性難聴の発症が普通の10倍になる」ことに加え、Xが仮死状態であったことから「仮死状態での出産は脳の酸素欠乏状態が継続することにより高度難聴や精神運動発達遅滞となる確率が高い」と意見を述べました。
これらの意見によれば、Xの障害は、未成熟児として仮死状態での早産が原因であるとは、医学上いえそうだということになります。
裁判所は、上記①及び②を認定することによって、Xに生じた障害はつまるところ事故によって発生したものであるという、因果関係を肯定しました。
(2)Xの労働能力喪失率はどの程度か
Xに事故による障害が残存し、これが治癒の見込がないのであれば、通常の交通事故受傷と同様に、後遺障害の判断をすることになります。
本件では、Xは生まれながらに障害を負うこととなり、聴力は全周波数域で80デシベル以上の損失であり、知能指数は3歳11ヶ月の時点でIQは60~69程度となっている。
これらの症状について、裁判所は後遺障害等級の4級に相当すると判断しました。
ここで問題となるのは、Xの労働能力喪失率です。
成人が後遺障害を負った場合には、その時点から労働能力の喪失が認められ、将来得られるはずだった賃金について逸失利益が生じます。
しかし、本件ではXは未だ3歳11ヶ月であり、実際に(年齢的に)労働に従事することができるようになるまでには、かなりの期間を要します。
したがって、必ずしも現在時点での障害の程度が、将来の労働に影響するとはいえないことになるのです。
本件で裁判所は、「難聴自体には改善の可能性はほとんどみられない」としつつ、「比較的早期の時点から、難聴や精神発達遅滞の用事・自動のための専門的施設で教育・訓練を受けていることが認められることから、その将来の労働に従事する年齢に達した際の労働能力の低下やこれに伴う収入減については、通常人に比して60パーセントが減じられたものとみるのが相当」と認定し、労働能力喪失率を60%と判断しました。
通常、自賠責保険においては、後遺障害4級であれば92%もの労働能力喪失が規定されています。しかし本件では労働可能年齢になるまでに相当の訓練をすることが可能である点から、労働能力喪失率が再検討されたものです。
まとめ
日本の民法上、権利の主体となるためには、原則として出生することが求められます。
つまり、胎児の状態では、どのような障害が生じたとしても、胎児からの損害賠償請求はできないのです。
他方で、事故から時を経て出生してからの請求では、因果関係の判断がぼやけてしまうという難点があります。
事故の衝撃で直接頭蓋骨が割れた、等であれば因果関係の判断はしやすいですが、そうでないとすると「果たして事故の影響なのか」という点の立証は簡単ではありません。
本件では、直接事故の衝撃で障害が生じた、という認定ではなく、事故の衝撃で早産となり、早産となった影響で障害が生じた、という認定がなされています。
このような細かい分析によって、事故との因果関係の立証に成功しているのです。
胎児の問題に限らず、「事故によるものといえるかどうか」という問題は多くあります。
さまざまな要素が絡む難しい問題ではありますが、詳細な分析のもとに主張を組み立てることで認定を受けることができる場合もあります。
本判例は、労働能力喪失率の認定の点では、被害者側としては釈然としない認定ともいえますが、因果関係判断については詳細な分析をした好例といえるでしょう。