裁判例
Precedent
事案の概要
信号機のある交差点を右折しようとしたA運転のタクシーに、対向方向から直進してきたX運転の普通自動二輪車が衝突。
XはY1(タクシー会社)とY2(Y1の自動車保険会社)に対して、損害賠償請求をした事案。
Xは顔面骨多発骨折、歯牙損傷、脳挫傷(味覚・嗅覚麻痺)等の傷害を負い、事前認定において自賠責保険から、①嗅覚障害につき嗅覚脱失といえるので後遺障害等級12級、歯牙破折による歯牙障害について後遺障害等級13級5号、顔面部の醜状障害について後遺障害等級14級10号に該当するとの判断がなされた。
<主な争点>
事故態様、過失相殺の有無
Xの被った損害額
<主張及び認定>
主張 | 認定 | |
---|---|---|
治療費 | 182万3834円 | 179万1394円 |
入院付添費 | 26万0000円 | 6000円 |
入院雑費 | 9万0000円 | 9万0000円 |
交通費 | 107万8600円 | 15万9290円 |
文書料 | 19万1100円 | 19万1100円 |
休業損害 | 603万1362円 | 551万1010円 |
傷害慰謝料 | 213万6880円 | 213万6880円 |
後遺障害逸失利益 | 1352万8056円 | 946万9639円 |
後遺障害慰謝料 | 546万0000円 | 500万0000円 |
弁護士費用 | 198万4445円 | 110万0000円 |
<判断のポイント>
(1)後遺障害と逸失利益:障害の内容と仕事の内容
逸失利益とは、“後遺障害が残らなかったら、(もっと)稼げたはずの収入”です。
逸失利益が認められるためには、被害者の方の仕事に、後遺障害が“関係する”必要があります。
つまり、“その後遺障害が残ってしまったせいで、その仕事をするときに困るだろう”といえるような関係が必要なのです。
変な話かもしれませんが、例えば「匂いが分からなくても問題なく働けるでしょ」と言われてしまうようなお仕事の場合、嗅覚障害による逸失利益は認められないのです。
まとめ
本件では、Xに、①嗅覚の障害、②歯の障害、③顔の傷痕という3つの後遺障害が残ってしまいました。
X側は、①Xには、料理界で独立し、和食の飲食店を開店するという夢があり、日本酒ソムリエの資格取得を目指すとともに、有名な焼き鳥店に勤めながら努力してきたが、本件事故で嗅覚障害が残ってしまい、もはや料理の世界で働くことが不可能になった、②Xは現在、3トン貨物トラックで酒箱を配送する肉体労働の仕事についているが、咬合せの異常のために正常に歯を噛みしめることができず、異常な噛みしめを行っているせいで腰痛が生じている、③Xの顔の傷痕は、対人折衝や勤務先での評価等に影響を及ぼし、不利益を生じさせるおそれがあるほか、選択できる職業の範囲を狭め、将来の再就職に問題を生じさせたり、減収を生じさせる可能性や仕事の能率や意欲を低下させる可能性があるとして、①~③合わせて20%の労働能力喪失率が認められるべきと主張しました。
これに対して、裁判所は、以下のように判断しました。
①Xが和食の飲食店を自ら開店する夢を持ち焼き鳥店で働いていたと認められるので、Xは、焼き鳥店での勤務や、将来の和食の飲食店の開店に不可欠ともいえる嗅覚脱出に陥ったということができ、そのせいで焼き鳥店での勤務や将来の和食の飲食店開店を断念しなければならなくなったということができる。
そうするとXには、嗅覚障害によって労働能力を一部喪失したものと評価すべきであり、その喪失率は14%に及ぶものとするのが相当である。
もっとも、②歯の障害については、Xが現在3トン貨物トラックで酒箱を配送する業務に従事しているとしても、咬合い時に痛み等が認められない状況にあると認められるから,これにより将来にわたる労働能力を喪失したと認めることまではできない。
③顔の傷痕については、裁判所は特に判断を示していませんが、②歯の障害と同じように、Xが今後働く上で“困る”ことにはならないと判断したのでしょう。
このように嗅覚障害でXは仕事で“困る”ことになるとして、裁判所は嗅覚障害による逸失利益を認めました。料理に携わる上で、嗅覚は不可欠な要素といえるので、みなさまも納得の結果ではないでしょうか。
実は、裁判所は、後遺障害の慰謝料のところでも、料理界で生きていく夢を絶たれたXの無念を評価しています。
11級の後遺障害の場合、基本的には420万円という金額の慰謝料を認めるのが裁判所の基準となっています。
しかし、本件では、Xの無念を考慮して500万円の慰謝料を裁判所が認めているのです。
どういう障害が、その仕事において、どういう風に“困る”ことになるのか、適切に主張していくことが、適正な賠償を得るためには重要です。
また、本件では、後遺障害の中でも嗅覚障害がポイントとなり、逸失利益としてだけでなく、後遺障害慰謝料の増額事由として、Xの損害賠償請求に大きく貢献しました。
様々な角度から後遺障害というものを考える必要があるということですね。
後遺障害が認められたら自動的に充分な賠償が受けられるわけではありません。
適切な観点からの適切な主張立証で、みなさまが適正な賠償を受けられるように力を尽くしていきたいと思っております。
ぜひお気軽に当事務所にご相談ください。