裁判例
Precedent
事案の概要
当時1歳の女児であったXが乗車していたX車が、エンジン不調のため非常駐車帯に停車し、Xの父の兄の車両を待っていたところ、飲酒運転かつ居眠り運転のY車が時速約100キロメートルでXの父の兄の車両に追突し、そのはずみで同車両がX車に玉突き衝突した。
Xは、この衝撃により、左顔面裂傷、左眼瞼裂傷(その後の兎眼)、左網膜震盪の傷害を負った。幼児期の深い傷であったため、Xは成長に応じて皮膚移植等の手術を繰り返す必要があり、症状固定したのは事故から8年後であるXが9歳の時だった。
結果的にXには、顔面瘢痕拘縮、睡眠時左瞼障害、左鎖骨部瘢痕の醜状痕等が残り、自賠責保険においては、顔面部醜状痕につき、後遺障害12級が認定された。
<争点>
・Xの醜状が、後遺障害等級何級相当か
・Xの醜状から、逸失利益が発生するか
・Yの過失態様が悪質である点は、賠償金額に影響するか
<主張及び認定>
主張 | 認定 | |
---|---|---|
通院交通費、宿泊費 | 33万1000円 | 33万1000円 |
入通院慰謝料 | 412万5000円 | 222万0000円 |
後遺障害慰謝料 | 1500万0000円 | 784万0000円 |
逸失利益 | 2000万0000円 | 574万2340円 |
<判断のポイント>
Xの顔面部には複数の瘢痕や線状痕の傷痕を残っており、Xはこれらを連続したものとして合算して計上すると、後遺障害等級7級に該当ないし相当するものであると主張しました。
対するYは、確かに線状痕は複数あるが、連続していないのは明らかであるから、これらを合算することは不適当であると主張。各々の大きさからすると、後遺障害等級は12級となることがやむをえないものと反論しました。
これらの主張は、自賠責保険における後遺障害等級の認定基準が、線状痕や瘢痕の大きさで明確な区切りを設けているために行われているものです。
すなわち、(当時の)後遺障害等級においては、
女性の外貌に著しい醜状が認められる場合→7級
女性の外貌に(単なる)醜状が認められる場合→12級
という規定がなされていました。
そして、醜状が著しいか否かは、線状痕の長さが5センチメートルに達しているか等の至極機械的な計測結果によって割り振られているのです。
この点、裁判所は、本件Xの瘢痕は「長さ3センチメートル以上で10円銅貨大以上の大きさの目立つものであるとは認められる」とし、12級に該当することを確認しつつ「長さ5センチメートル以上であるとか、鶏卵大の大きさに達しているとは認められない」「線状痕が連続しているとか、瘢痕が近接しているものであるとは認められず、単純に長さあるいは面積を合算して後遺障害の程度を評価することが相当であるとは認められない」と、Xの合算による主張を排斥しました。
しかし他方で「後遺障害慰謝料の基準として、長さ3センチメートルであれば後遺障害等級12級で280万円が相当となるものが、長さ5センチメートルに達したと単に突然後遺障害等級7級で1030万円が相当となるというのは極端」と判断し、慰謝料金額は「必ずしも長さに比例して算定されるべきものではない」と示しました。
そもそも、後遺障害等級というものは、当該後遺障害が残存してしまったことに対する慰謝料及び逸失利益の算定をする便宜上、定められているものです。
しかし、この等級は元来は労災保険給付額の決定のためのものであり、必ずしも現実の損害額を反映しているとはいえない場合もあります。
本判決では、複数個所に認められる瘢痕の大きさと線状痕の長さからすると、後遺障害慰謝料は12級相当の基準額から2倍の増額をすることが相当と判断しました。
醜状障害の場合に常に問題となるのが、逸失利益の算定です。
通常の後遺障害は、疼痛や可動域制限など、現実に労務に服することが困難となることが容易に観念できます。
しかし、醜状障害の場合には、「そのような傷痕が仕事に影響を与えるか?」という疑問が出されてしまうのです。
そのため、醜状障害の場合には、後遺障害等級と労働能力喪失率が整合しない例が多数あります。
本件の場合は、これに加えて、症状固定時点において就労可能年齢までまだ10年以上あるため、将来の労働能力喪失の蓋然性が認められる必要があります。
この点、Yからは、美容整形の技術が飛躍的に進んでいることから、将来の就労制限の蓋然性は大きいとはいえないと主張されました。
裁判所は、上記Yの主張に対しては、「形成外科に関する医療の進歩があるとしても、現時点でこの醜状を治癒させるに足りる技術が確立しているものとは認められ」ないと、排斥しました。
その上で、Xの醜状痕からすると「対人接客等の見地において原告の就業機会が一定限度成約されることは否定できないと考えられるし、また、自ら醜状を意識することによる労働効率の低下も考えられるところである」として、後遺障害等級12級相当の労働能力喪失率14パーセントと認めました。
そもそも、今後形成外科や美容整形技術が発達したとしても、それは症状固定後の事情であり、行うか否かは被害者の自由です。
また、仮にこれを行えば逸失利益がなくなるとした場合、その施術費用は加害者に負担させなければ不合理です。
したがって、「今後医学が進歩するから大丈夫のはず」などという主張は、基本的には受け入れられず、本件の裁判所の判断は妥当であると思われます。
本件のYは、飲酒かつ居眠り運転をし、その際の時速は約100キロメートルにも及んでいます。
Yの事故後の言語態度はしどろもどろの状況で、酒臭が強く、顔色は赤く、呼気1リットル中0.5ミリグラムものアルコールが検出されました。
このように、あまりに悪質な過失態様である点で、Xから慰謝料額の増額事由として主張されました。
裁判所は、上記事実が認定されることを前提として、さらにXが負った傷害及び障害の程度からすると、通常よりも4割増しの算出をすべきと判断しました。
これにより、入通院慰謝料及び後遺障害慰謝料の双方が、4割増額をされました。
ひき逃げ等の悪質な態様がある場合に、慰謝料額を増額する例はありますが、2割程度のものが多い印象です。
本件では、あまりに悪質な運転態様である点と、そのような加害者の行為で被害者に極めて重大な傷害結果が発生した点をあわせて、4割という高い基準の増額が得られたものと思われます。
まとめ
醜状障害についての後遺障害等級は平成23年に改正され、現在は男女間で共通の基準が設けられています。
本件事故当時は、男性の場合と女性で、同程度の醜状痕が残存した場合、女性の方が重い障害であると規定されていました。
これは、女性の方が外貌に気を使うという性差を意識してつけられた差異でしたが、差別的な取り扱いであるという判決が出されたため、改正されたものです。
本件事故は平成8年に発生し、平成21年に判決が出ているため、改正前の基準で後遺障害等級が考えられています。
そのため、判決文の中にも、Xが女性である点を考慮する部分が随所に見受けられます。
したがって、改正後の基準でも同様の判断がなされるかは少々見通すのが難しい部分もあります。
もっとも、裁判所は基本的に本裁判例のように、具体的な醜状の態様や、被害者の置かれた状況から慰謝料や逸失利益額を算定することになります。
相手の保険会社が「逸失利益は認められない」と回答してきたとしても、裁判所の判断次第では数百万円が認められることも往々にしてあります。
このように、醜状障害は、一筋縄ではいかない論点がいくつもあるので、示談してしまう前に是非弁護士にご相談ください。