裁判例
Precedent
事案の概要
Y(被告)運転の普通貨物自動車が、交差点の横断歩道を歩行中のX(原告:3歳女児)に衝突しXを転倒させ、Xの背中等を礫過した。
Xは、左前頭葉急性硬膜下血腫、外傷性くも膜下出血、後頭骨骨折、左腎茎部損傷、後腹膜血腫、左肺挫傷、右第10、11肋骨骨折、両側気胸の傷害を負い、「胸腹部臓器の機能に障害を残すもの」として自賠責13級11号後遺障害認定を受け、Yに対して、1132万7409円を求めて訴えを提起した。
<争点>
① Xの後遺障害の程度
② Xの逸失利益の有無
<主張及び認定>
主張 | 認定 | |
---|---|---|
治療費 | 358万5850円 | 358万5850円 |
装具代 | 2万8737円 | 2万8737円 |
文書代 | 1万0500円 | 1万0500円 |
入院付添費・X母の休業損害 | 69万8600円 | 69万8600円 |
保育料及び入院雑費 | 29万7463円 | 29万7463円 |
付添人交通費 | 3万7240円 | 3万7240円 |
後遺症による逸失利益 | 370万1249円 | 370万1249円 |
傷害慰謝料 | 90万円 | 120万円 |
後遺障害慰謝料 | 420万円 | 230万円 |
小計 | 1345万9639円 | 1185万9639円 |
既払金 | ▲347万2230円 | ▲347万2230円 |
弁護士費用 | 134万円 | 83万円 |
合計 | 1132万7409円 | 921万7409円 |
<判断のポイント>
本件においては、事故により、Xは左の腎臓の動脈断裂があり、腎臓への血流が絶たれ、左腎の機能を完全に喪失してしまいました。
もっとも、右の腎臓は正常に機能しており、一つの腎臓でも生体活動をしていくうえでの機能は最低限あり、訴え提起時点では食事制限や運動制限、透析などの腎代替療法は不要とされていました。
そこで、本件では、一つの腎臓の機能喪失の後遺障害を負ったXにつき、残存する腎臓でも生体活動を維持していくうえでの機能はあり、食事制限・運動制限は不要とされていても逸失利益は認められるのか、また、Xが事故当時3歳の女児であることから、将来の損害である逸失利益につき、考慮要素が極めて限定されることから、どの程度まで算定根拠を立証すればいいのかが争われました。
(1)Xの後遺障害の程度
・腎臓の障害について
腎臓は、さまざまな働きをしていますが、最も重要なのは体内を流れる血液を糸球体(毛細血管が糸玉のように球状に集まったもの)で濾過してきれいにするとともに、血液から取り除いた老廃物を尿として体外に排出することです。
なお、健康な成人男性の場合、1日あたりの排泄尿の量は約1.5Lとなります。
他方で、糸球体で1分間に濾過される血液の量は100ml~110mlであり、1日あたりに換算すると144Lにもなります。
ということは、濾過された血液の99%は体内へ再吸収されることになります。
この腎臓の機能が正常に働かないと、老廃物が体外に排出されなくなり、糖尿病や慢性糸球体腎炎、腎硬化症などさまざまな症状を引き起こすことになります。
血液量も増えるため、血圧が上がり高血圧も引き起こします。そして高血圧が長く続くと、最悪の場合、脳卒中や心筋梗塞などを起こすこともあります。
腎臓が正常に働いているかどうかは、糸球体できちんと濾過されているかどうかであることから、後遺障害の認定についても、腎臓の亡失の有無及び糸球体濾過値(GFR)による腎機能の低下の程度により判断されることになります。
GFRの値 | 31~50ml/分 | 51~70ml/分 | 71~92ml/分 | 91ml/分 |
---|---|---|---|---|
腎臓の亡失 | 7級 | 9級 | 11級 | 13級 |
腎臓を失っていない | 9級 | 11級 | 13級 | – |
*GFRとは、1分間に糸球体で濾過される血液の量のことです。正常な場合は、100ml~110ml/分です。
・X及びYの主張
Xは、本件事故により左の腎臓が完全に喪失したこと、これにより総腎機能としては70%前後になるにとどまり、予備力がない状態であること、一時的にせよ、糸球体濾過値(GFR)の数値が「胸腹部臓器の機能に障害を残し、労務の遂行に相当な程度の支障があるもの」(後遺障害等級11級10号)に当たる、89.8ml/分を示すなど、左腎像を喪失したことによって残存している右腎臓にそれ相応の負担がかかっていると主張しました。
また、そのために、今後食事や活動に制限がかかる障害へと進行する可能性が否定できない状態にあることから、一つの腎臓でも生体活動をしていくうえでの機能があるとはいえ、右腎臓にできるだけ負担を掛けない生活をすることを一生涯余儀なくされ、一生涯にわたって重労働に従事することを控えることになると主張しました。
これに対してYは、右腎臓は正常であり、Xが主張するGFR値89.8mlの結果を出した検査手法は「eGFR」であり、その検査結果は特に子どもの場合には腎機能を正確に測定できない欠点があること、他方、事故から約3年後に行われた24時間クレアチニンクリアランス法は、少ない負担で比較的正確なGFR値を得られ、臨床上広く利用されている検査手法であるところ、これによって111.9ml/分という正常値を出しているため、腎機能は正常であると判断されると反論しました。
・裁判所の判断
X及びYの主張に対して裁判所は、以下のとおり判断しました。
Xの左腎の機能喪失の後遺障害についてみると、現時点におけるXの右腎臓の機能は正常であり、ひとつの腎臓でも生体活動を維持していくうえでの機能は最低限あるとされ、現時点で食事制限、運動制限は不要と診断されている。
しかし、成長過程にある小児の腎機能として固定はしていないと考えられ、今後身体の成長とともに相対的に腎機能が低下してくる可能性が高いと思われると診断されている。また、Xの右腎臓の腎機能は予備力がない状態であり、定期的な医師の検査と診察を受ける必要があり、通常であれば問題がないレベルのイベントでも、食事や活動に制限がかかる障害へ進行する可能性は否定できないと診断されている。
そのため、Xにおいては、残存する右腎臓の腎機能にできるだけ負担を掛けない生活上の不利益を受け、あるいは就労上の配慮を要することになることが十分に予測することができるのであり、右腎臓が外傷や疾患によりその機能を失ったときは腎機能が全廃になり、透析療法か腎移植の療法によらざるを得なくなり、場合によっては生命を失う危険性もあることから、そのような生活上、就労上の配慮が欠かせないと考えられるとしました。
(2)Xの逸失利益の有無
・X及びYの主張
Xは、後遺障害等級が13級であったことから、その労働能力喪失率は9%であり、就労の始期は18歳であり、就労の終期は67歳であるから、男女を含む全労働者の全年齢。学歴計平均賃金を基礎年収額(470万5700円)とすると、Xの逸失利益は370万1249円が相当と主張しました。
これに対してYは、上記のとおり、腎機能については何ら問題が生じておらず、医学的にも、腎臓が片方あれば基本的に生活上の支障はなく、食事制限や運動制限も特段必要とされていない、また、Xの右腎臓に問題が発生する可能はあるものの、それはあくまで可能性が否定できないというレベルの想定であり、それをもって労働能力の喪失の要素と見るべきではないとし、逸失利益は認められないと主張しました。
また、仮に逸失利益が認められるとしても、基礎収入額については、女子労働者学歴計全年齢平均賃金(355万9000円)の限度で認められるべきであると主張しました。
・裁判所の判断
X及びYの主張に対して裁判所は、以下のとおり判断しました。
後遺症を負った被害者が幼児ないし年少者の場合の逸失利益の算定においては、被害者の就業が遠い将来のことであり、未だ就業に就いていないために、事故前後の稼働状況や収入の変化等を考慮すること自体不可能であり、労働生活における不便、不都合の有無も感得することができない。
また、将来の昇級、昇進、転職等に際して不利益な取扱いを受けるおそれや失業の可能性を具体的に認定することは困難である。
しかし、その算定困難の故をもって逸失利益を否定するのは妥当なことではなく、被害者の後遺障害等級及びその労働能力喪失率の主張立証は、被害者が提出する有力な証拠資料としてそれに見合った労働能力の喪失の程度及びこれによる逸失利益があることを事実上推定させ、これにより一応の立証がされるものと解するのが相当である。
したがって、Xは、左腎機能の全廃により後遺障害等級である9%程度の労働能力を喪失しており、これに見合った逸失利益があると事実上推定され、一応認めることができるとし、この認定を否定する証拠はない。
そして、女子年少者の逸失利益の計算における基礎収入額は、女性労働者の全年例平均ではなく、男女を含む全労働者の全年齢平均で算定するのが一般的であるとし、Xの主張したとおりの370万1249円を認めました。
まとめ
本件では、片方の腎臓の全廃により後遺障害等級13級が認められたにもかかわらず、もう片方の腎臓の機能が失われておらず、生体活動を維持していくうえで支障はないことから逸失利益が認められないと争われています。また、逸失利益の証明の程度についても争われています。
このように、交通事故被害による訴訟では、法的な知識はもちろん、医学的な専門知識も必要となります。これは、訴訟に限らず、相手方の保険会社などと交渉する場合も同様です。ある程度はインターネットなどで調べることも可能ですが、時間もかかりそれが本当に正しいのか不安もあるところです。
当事務所は、交通事故に強く医学的知見に深い弁護士がたくさんいますし、弁護士であれば医療照会などを作成して医師に意見を聞くこともできます。
今の症状でどのくらいの賠償額を請求することができるのか、お悩みの方は是非当事務所にご相談いただければと思います。