裁判例
Precedent
事案の概要
Xは、農協の支所にて、貯金業務と物品販売業務に従事していた。
ある日、客Aが、日用品等を購入しにきた際、Xに行為を持つにいたり、その後、何度か買い物に訪れたり、出勤途中のXに会い挨拶を重ねるなどしているうちに、恋慕の情を抱くようになった。
そして、結婚を望むようになった。
もっとも、二人は交際に至っているわけでもなく、Aの一方的なものであった。
その後も、AはXに思いを伝えることも出来ない状況が続いた。
そんな中、Aは、XがXの婚約者と歩いているのを偶然見かけ、自分とは結婚してくれそうにないと思い悩み、その夜は眠れない精神状態となった。
そして、ついに、Xに会って話をしてみて、内容次第ではXを刺し殺そうと決意した。
翌朝、Aは、農協の前でXを待った。Xが出勤し店舗内に入るところで、「結婚するのか」などと聞き、Xから曖昧な返事をされたため、Xとの結婚を望めないとして、用意していた包丁でXを刺し殺した。
Xは、業務中に負傷したとして、本件事件について、労働者災害補償保険法に基づく諸給付の請求をしたところ、業務起因性が認められず業務災害に該当しないとして不支給処分を行ったため、審査請求、再審査請求を経て、同処分の取消しを求めて提訴した事案。
<争点>
本件殺人の業務災害該当性。
具体的には、本件殺人について、業務起因性が認められるか。
<判決の内容>
本件殺人について、業務遂行中であることは認められるものの、業務起因性は認められない。
すなわち、Xの職務行為が本件殺人を直接誘発したものとはいえないこと、Aの職務内容は本件殺人を間接的に誘発しているといえるものの偶然に過ぎないことから、本件殺人が業務と明らかに相当因果関係が認められるとはいえない。
したがって、本件殺人は業務災害に該当しない。
まとめ
・判断基準
業務起因性が認められるには、業務と災害との間に経験則上相当と認められる因果関係、すなわち、相当因果関係の存在が必要とされることは、これまでの判例解説でも述べてきたとおりです。
本判決によると、第三者の暴行による災害の場合は、その災害は他人の故意に起因するものとして一般的には業務に起因するものとはいえないとされました。
そのため、第三者の暴行と被災者の職務の性格、内容がどのように関連するかなどを考慮し、災害が明らかに業務と相当因果関係にあると認められる場合に限り、その災害は業務上の事由によるものというべきとしました。
これについて、本件では、XはAに一方的に好意を抱かれ、出勤中に話しかけられため、対応しただけであって、Xが職務上の行為としてAに対応したことで本件殺人が誘発されたものではありません。
一方で、本判決は、相当因果関係が認められうる例として、店舗への不法乱入者に対するXの退去強制行為が原因となって本件殺人が誘発された場合を挙げています。
他に、本件の店舗が強盗などに狙われ易い職場で、一人で回転準備中の場合はなおさらその危険が生じていたといえるような場合を挙げています。
つまり、本件殺人を直接誘発した行為は、職務上の行為ではないことや、職務に伴う危険が現実化したものではないことが、業務起因性を否定する大きな理由となっていることが分かります。
そうとはいえ、Aは、物品販売などのXの職務行為を介して好意を抱き、結果的に本件殺人に至っています。
そのため、直接とはいえないものの、間接的には、Xの職務行為がAの本件殺人を誘発しています。
しかい、店員と客が知り合うこと自体偶然のことですし、XとAの接触の仕方は、他の客の場合と同様、全く事務的なものに過ぎませんでした。
そのため、AがXの職務行為によって恋慕感情を抱き殺人にまで至ったことは、偶然中の偶然であって、職務行為との関連性は非常に薄いものとなります。
したがって、この観点からも、相当因果関係は認められませんでした。
まとめ
以上のとおり、第三者による暴行等による災害は、故意に基づくものとして、原則、業務災害には当たらないと考えられます。
もっとも、第三者の行為が職務から明らかに誘発されている場合や、職務自体が有する危険性として第三者からの暴行等が想定される場合には、例外的に相当因果関係が認められ得ます。