裁判例
Precedent
事案の概要
都立養護学校教諭Xは、両足の長さに3センチメートルほどの差があり、さらに股関節可動域に制限等があり、腰椎捻挫を起こしやすい状態であったところ、脳性麻痺児童の給食介助中、床に座って抱きかかえ腰をねじった際に腰椎捻挫を発症した。
Xは、地方公務員災害補償基金東京都支部長に、補償を請求したが公務に起因しないとして公務外認定処分を受けた。
Xは、本件処分について不服申立てをしたが、いずれも棄却され、行政訴訟を提起した。
<争点>
公務災害に該当するか。
具体的には、公務起因性を認める上で、本件介助作業と本件腰椎捻挫発症との間の条件関係及び相当因果関係の有無。
<判決の内容>
判決は、公務起因性(因果関係)を肯定するには、公務と災害の間に条件関係があることを前提として、相当因果関係が必要とした。
条件関係は、公務が無ければ災害が生じなかったという関係があることいい、条件関係の有無を判断するに当たっては、その公務員個人の基礎疾病、素因等を含め、災害の発生の原因となった他の諸条件を前提事実として考慮すべきであり、これに当該公務が加わったことが災害の発生に有意に寄与したものと認めることができる場合にこれを肯定すべきであるとした。
さらに、相当因果関係については、当該公務がその災害発生の危険を内在または随伴しており、これが現実化したということができる場合に認められるとした。
本件では、条件関係について、Xはそもそも上記のとおり腰椎捻挫を起こし易い体質であったものの、腰部に対して通常の動作とは異なる力がかからないと発症はしないと認めた。
その上で、Xには本件事故の前後で本件同様の腰椎捻挫を発症していないことから、本件介助作業が本件災害の発生をもたらしたとして条件関係を肯定した。
さらに、相当因果関係については、本件介助作業は、腰痛発生について一定の危険を伴うものであるとした。
そして、Xには本件介助作業を行う適格性が有ることを認めた上で、本件災害はその危険が現実化したものとし、相当因果関係も肯定した。
したがって、公務起因性を認め、本件災害は公務災害とした。
まとめ
まず、公務災害とは、地方公務員災害補償法上のもので、労働災害補償法上のものとは異なります。
もっとも、業務災害と公務災害はパラレルなものであり、公務遂行性、公務起因性を、業務遂行性、業務起因性に読み替えることできます。
そして、本件では、公務起因性(因果関係)が認められるにあたり、条件関係を前提とした相当因果関係を要件としました。
条件関係とは、上記判示のとおり、AがなければBは無かったといえる場合に認められるものです。
一般的な感覚としては条件関係があれば因果関係としては十分とお考えになられるのではないでしょうか。
しかし、AからBまでの流れの間には、様々な複合的な事情が介在するのが通常です。そこで、法律上は、より合理的な範囲に限定することとなります。
それが、本件判示のいう相当因果関係です。
本件判示では、相当因果関係を、公務の持つ危険性が現実化したものといえる場合に認められるものとしました。
本件介助作業は、必要に応じ、中腰や前かがみになるなど、腰に負担のかかる姿勢を取らざるを得ませんでした。
そのため、本件介助作業には腰痛発生についての一定の危険性があると認められました。
但し、危険が現実化したといえるためには、被災者が、その公務を行う適格性を有していることを前提ともしました。
なぜなら、適格性がなければその公務自体の持つ危険性ではなく、適格性を有していないことによって存在する災害発生の危険性こそが現実化したものといえるからです。
例えば、Xは腰が非常に弱くて介助作業などそもそもなし得ないのであれば、当該災害は公務そのものの持つ危険性ではなく、X自身の持つ危険性が現実化したといえる、というようなケースです。
本件については、Xは腰に弱点はあったものの、本件介助作業をすることについて特に問題は無かったことが認められています。
そのため、Xには本件介助作業の適格性は認められました。
したがって、本件ではまさにこの危険性が現実化したものといえるため、公務起因性が認められました。
この判決は、災害発生について別の要因が疑われるケースにおいて、公務(業務)起因性を判断する際に参考となる判決といえるでしょう。