裁判例
Precedent
事案の概要
Xは社内で販売・営業の責任者たるセールスエンジニアで、出張業務及び社内業務に従事していた。
Xは、韓国主張中、販売代理店主催の夕食会で倒れ、脳出血で死亡した。
Xの遺族は、労災保険法に基づく遺族補償年金給付及び葬祭料の請求をした。
しかし、不支給の決定(本件処分)がされたため不服申立てをしたものの、いずれも棄却された。
そこで、本件処分の取消を求めて行政訴訟を提起した。
<争点>
業務起因性の有無。
具体的には、Xの従事していた業務と脳出血発症の因果関係の有無。
<判決の内容>
判決は、業務起因性の判断基準について、以下のとおり示した。
まず、最高裁判例に基づき、当該業務により通常死傷病等の結果発生の危険性が認められること、すなわち業務と死傷病との間に相当因果関係の認められることが必要であり、かつ、これをもって足りるとした。
そして、脳血管疾患等の発症の相当因果関係の判断基準については、以下のとおりとした。
第一に、「業務過重性」が認められること、第二に、当該業務が加齢その他の原因に比べて相対的に有力な原因と認められることが必要とした。
さらに、「業務過重性」の判断に当たっては、それが当該業務に従事することが一般的に許容される程度の疾患等を有する労働者であり、これまで格別の支障もなく同業務に従事してきているといった事情が認められる場合は、当該労働者を基準にして、社会通念に従い、業務が労働者にとって自然的経過を超えて基礎疾患を急激に増悪させる危険を生じさせるに足りる程度の過重負荷と認められるか否かにより判断するのが相当であるとした。
この過重負荷が原因で基礎疾患を増悪させたといえる場合は、特段の事情がない限り、原則として業務と死傷病等の発症の間に因果関係が認められ、さらに、反証がなければ過重負荷が他の原因に比べて相対的に有力な原因と認められる、すなわち、相当因果関係が認められるとした。
本件では、Xは、それまでの業務によりすでに相当の疲労を蓄積させた身体状況にあったところ、韓国出張に伴う肉体的、精神的負担が重なり、これが高血圧症の基礎疾患を有するXにとって脳出血を発症させる危険性のある過重負荷となったこと、この過重負荷が、Xの高血圧を急激に増大させ、基礎疾患たる脳血管病変を悪化させた結果脳出血を発症させたと認め、韓国出張とXの死亡の間に相当因果関係があるとした。
まとめ
業務起因性が肯定されるには、業務と結果の間の相当因果関係が認められることを要します。
しかし、脳血管疾患などの原因には、加齢や日常生活習慣なども考えられ、業務だけが原因となることはむしろ稀といえます。
そのため、脳血管疾患の場合、判断基準をどう考えるべきかが問題となりました。
この点、通達で定められている労災保険の認定基準では、本判決より因果関係の範囲を限定したものが定められていました。
しかし、本判決は、認定基準に一定の合理性を認めつつも、労災補償制度の趣旨や社会の現状などから、上記判示の基準を打ち出しました。
本判決の基準を簡単にいうと、相当因果関係は、被災労働者を基準として過重負荷が傷病死等の原因の一つとなっていれば、特段の事情や反証のない限り、相当因果関係が肯定されると整理できます。なお、特段の事情の例として、発症の危険を隠しながら敢えて業務へ従事したことを挙げています。
この基準は、労災保険の認定基準より緩やかな基準で、かつ、過重負荷の判断において同種労働者基準といった一般的な判断ではなく被災労働者を基準とした点に着目すべきです。
本判決は、同種労働者と比較する見解を、「相当因果関係」の判断に余計な要件を付加するものになるとして、採用しませんでした。
本件では、労災保険の認定基準では認められなかった相当因果関係が、上記の判断基準により認められるに至りました。
もっとも、過労による脳血管疾患の事例は、事例ごとに個別事情が多岐に渡ります。
そのため、本判決の基準をもってしても、業務起因性が肯定されないケースもあるでしょう。
しかし、基礎疾病の脳出血発症への影響力が明らかでないことから、過重負荷が認められたあとの反証は容易ではないため、業務起因性が肯定されるケースも多々あると考えられます。