裁判例
Precedent
事案の概要
Xは、石綿のある工場内での作業に就いていたところ、中皮腫により死亡するに至った。工場内での作業期間中、Xは防じんマスク等の保護具を装着していなかった。
Xの遺族は、会社に対して、Xの死亡は石綿粉じんにさらされたためであるとして、会社Yに対して、損害賠償請求訴訟を提起した。
<争点>
Yの責任及びのX責任の有無とその程度。
<判決の内容>
(Yの責任)
Yの安全配慮義務の具体的内容として、
①事務作業を行うのであれば、石綿の置かれていない事務所内にするか、少なくとも間仕切りを設けるなどして、同人が事務机で作業する際、石綿粉じんにさらされないよう隔離したり、石綿粉じんの発生・飛散のない空間(部屋)を確保する義務、
② 粉じんの飛散するおそれのある場所で作業する作業員が、石綿粉じんを吸入しないように、労働者の人数と同数以上の、防じんマスク等の呼吸用保護具等を随時支給し、労働者に対してその着用を義務付け、作業の際にはこれを装着するよう指導監督して着用を徹底する義務、
③ 労働者が石綿作業に従事する際、石綿粉じんにさらされないようにするため、石綿関連疾患及び石綿粉じん対策について、定期的に安全教育や安全指導を行う義務
を負っていたというべきである。
<上記義務違反の有無について>
①事務作業場と倉庫とは壁で仕切られており、石綿製品から発生・飛散する石綿粉じんにXがさらされることはなかった。
よって、この点に、安全配慮義務違反は認められない
②Yは、石綿原石の積みおろし作業や製品積込み作業に立ち会う事務職員用として防じんマスクは備え付けていなかった。
また、本件支店の作業員や事務職員は、ほとんど作業中に防じんマスクを装着していなかったこと、Yは、石綿の危険性との関係で、作業中に防じんマスクを装着すべきことを規則上定めたり、指導したりすることもなかった。
③石綿粉じんにより健康・生命を損なう危険性があることにつき予見可能性があった。
また、Xを石綿粉じんにさらされる作業場所で就業させていた。
したがって、YとしてはXに対し、石綿粉じんの上記の危険性を伝え、石綿粉じんを吸入しないように具体的な指示や指導をするべき義務があるのに尽くしていなかった。
→Yは、粉じんが飛散する現場で、防じんマスクの着用を徹底せず、必要な安全教育をしなかったことにより、本件工場に出入りする従業員が石綿粉じんを吸引しないようにするための措置を怠ったから、安全配慮義務違反がある。
(Xの責任)
Xは、衛生管理者であり、社会保険労務士の資格も有していた。
Xは備え付けられた防じんマスクを着用しようとすればできたこと、Xは、衛生管理者かつ主任として、マスクを着用するよう指導し、模範を示す立場にあったこと、石綿粉じんの危険性についてはXにおいても、知識を持っていたことなどに照らすと、Xにおいても、防じんマスクを着用するなどして、できるかぎり自己の健康・安全を守り保持するように努め、職場の安全確保に配慮し、注意すべき義務があったというべきである。
(結論)
Xが石綿粉じんにさらされ、中皮腫を発症したことについて、Yに安全配慮義務違反が認められるものの、X自身も防じんマスクの着用を怠ったことなどで、10パーセントの過失があったというべきである。
まとめ
本件では、被災者に3割の過失割合が認められています。
本件のような危険な労働に従事する際は、労働者自身にも事故の安全上の注意義務として、保護具使用などの自己安全義務があります。
本件でXは、保護具のめがねを支給されながらも、自らの判断で装着せず、結果、傷害を負ってしまいました。
これだけだと、Xの不注意や怠慢で全てが終わりそうな話です。もっとも、Xのみの責任に帰するには、使用者Y側がやるべきことをしっかりと行っていたことが前提となります。
そして、その要件とされたのが、労働者に対し、①作業の危険性を説明し、②防護具を支給し、③これを着用するよう教育する義務です。
これら3点のうち、③着用するよう教育する義務が不十分だったと認定されました。
これによって、双方の責任が認められ、その割合として、X3割、Y7割に落ち着きました。
保護具はつい面倒でわずらわしく、着用しないまま作業に従事する方も多いと思われます。
しかし、以上のとおり、被災者にも不注意があると、過失相殺が大きく認められる恐れがあります。
もっとも、すぐに自分の落ち度を認めて諦める前に、適切な賠償を受けるためにも、会社側の責任が本当にないのか、今一度検討することが重要です。
ぜひ一度、弁護士にご相談下さい。