裁判例
Precedent
事案の概要
X(女性)は,高校を卒業した平成21年4月からY1社に正社員として入社し,入社当初は経理事務担当であったところ,平成24年4月から営業事務担当に配置転換されたが、同年6月21日に自殺した。
Y2は,営業事務を担当していた先輩女性従業員であり,Y3は,経理事務を担当していた先輩女性従業員である。
本件は,Xが,Y2及びY3から長年にわたりパワーハラスメントを受け,かつY1社は,上記事態を放置した上,Xの配置転換をして過重な業務を担当させた結果,Xが強い心理的負荷を受けてうつ状態に陥り自殺するに至ったなどと主張して,Xの両親が,Y1社、Y2及びY3に対して,債務不履行(安全配慮義務違反)又は不法行為に基づき,損害賠償金の連帯支払を求めた事案である。
<判決の内容>
(1)Xがうつ病を発症していたか
判決は、精神及び行動の障害に関する診断ガイドラインであるICD-10を参考にして、Xがうつ病を発症していたと判断した。
本件において、具体的には、以下の事情を踏まえて判断した。
①易疲労感の増大
・Xが出勤するまで寝ており,労働時間の長さや増加傾向にあったこと
②興味の喪失
・Xが髪の毛を梳かさずに出かける、暖かくなっているのにブーツをはいて出かけるなど身なりを構わなくなったこと
・ツイート数の減少
③食欲不振
・弁当がおにぎり程度に減ったこと
④集中力と注意力の減退
・注意・叱責を受けても業務上のミスが減らなかったこと
⑤自己評価と自信の低下
・Y2及びY3によるXに対する叱責が多数回にわたっていたこと
・Y2及びY3に叱責された後、Xが、同僚に対し、落ち込んだ様子で「また言われちゃった」などと述べていたこと
(2)Yらの不法行為とXの自殺との間の相当因果関係の有無
判決は、厚生労働省が発出した通達である「心理的負荷による精神障害の認定基準について」を参考にして、Yらの不法行為とXの自殺との間には、相当因果関係があると認めるのが相当であると判断した。
そして、判決は、理由として、Y2及びY3から注意・叱責を受け,かつY1社が,Y2及びY3の注意・叱責を制止ないし改善を求めず,Xの業務内容や業務分配の見直しを検討しなかったことにより,Xが受けた心理的負荷の程度は,全体として大きなものであったと認めるのが相当である(認定基準に当てはめると「強」に相当すると認められる。)と述べている。
具体的には、以下の事情を踏まえて判断した。
①対人関係(嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた)
・Xに対する、Y2及びY3による指導叱責
②役割・地位の変化等(配置転換があった)
・配置転換により、負担が比較的軽い業務から従前より負担が大きい業務に従事することとなったこと
・配置転換前後の時間外労働時間は、増加傾向にあったこと
・配置転換後、Y1社が、Xの業務内容や業務分配の見直しを行わなかったこと
まとめ
原審判決は、時間外労働時間が月約50時間から67時間程度であって業務負担がそれほど過重であったとはいえないことやXに精神科医院の受診歴がないことなどからすると、Xがうつ病に罹患したとはいえず、異性との交際問題がXの自殺に影響した可能性もあると判断し、因果関係を否定していた。
他方、本判決は、Y2及びY3による叱責や時間外労働時間が配置転換直前から増加傾向にあったことからすると、Xが受けた心理的負荷の程度は、全体として強いものであったと認定し、Y1社の不法行為(使用者責任を含む)とXの自殺との因果関係が認められると判断した。
この判断には、配置転換前後から、Xが身なりを気にしなくなった、食欲が減退していたという事情や、Xのツイート数が減少していったという事情も勘案されていると考えられる。
本判決は、時間外労働時間の長さにこだわらず、パワハラと業務負担を総合して、従業員の自殺との因果関係を認めた事例判断である。
なお、Y2及びY3の損害賠償責任は否定しており、パワハラを行った者の責任を一定の範囲に限定している。