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海外就労者の特別加入手続きの要否 ~海外赴任中に心筋梗塞死~ 東京高裁平成28年4月27日判決

事案の概要

海外に事業展開する運送会社である株式甲社(以下、甲社)の従業員Xは、甲社が中国で立ち上げたA社の首席代表に就任し、その後、B社が設立されB社の総経理に就任した。

Xは、そのまま、平成22年7月23日、中国にて急性心筋梗塞により死亡した。

遺族は、業務上の死亡として労災支給を申請したが、労基署長はXは「海外派遣者」に当たるため、特別加入手続が必要であるところ、手続が取られていないため労災保険の適用がないと判断した。

第一審は、Xは、特別加入手続の必要な「海外派遣者」に該当するため、労基署長の処分は相当と判決した。そこで、遺族が控訴したのが以下の本判決である。

<争点>

Xは「海外出張者」か「海外派遣者」か。-特別加入手続の要否に関連して。

<判決の内容>

・本判決上の判断基準
所属する事業所は国内外のいずれか及び誰の指揮に従っているのかという観点から、当該労働者の従事する労働の内容やこれについての指揮命令関係等の当該労働者の国外での勤務実態を踏まえ、どのような労働関係にあるかによって、総合的に判断されるべきものである

・上記基準へのあてはめ(所属する事業所)
上海駐在時を通じて変わっていない。

(指揮命令系統、労務管理等)
業務の中心となる運送業務についての各種決定権限は日本国内の甲社の担当者にあった。

Xが東京営業所に籍を置き、甲社の労務管理等に服していたこと。

甲社は、海外出張者としてXに係る労災保険料の納付を継続していたこと。

(従事する労働の内容)
Xの地位は、昇進しているものの、甲社における所属及び地位についての変更はなかった。

XのA赴任に当たり、文書による辞令交付や諸手当の説明等は行っておらず、所属する東京営業所における長期的な出張として内部処理していたこと。

上海駐在時を通じて、Xの人件費が、独立した法人格を持たない駐在員事務所A社を介してXに支払われていたこと。

Xが総経理に就任したB社の業務は、A社の業務を移行したものであり、B社の設立前後を通じて、Xの日常業務に大きな変化はなかったこと。

なお、B社は甲社の100パーセント子会社である。

・結論
単に労働の提供の場が海外にあるにすぎず、Xは国内の事業場に所属し、当該事業場の使用者の指揮命令に従い勤務する労働者である海外出張者に当たるというべき

まとめ

第一審では、「海外派遣者」として特別加入手続がない限り、労災適用がないと判断されました。

本判決は、控訴審として、これを覆し、「海外出張者」と認めるべきとしました。

この判断の分かれ目はどこにあるのでしょうか。

基本的な判断基準には、第一審も本判決も大差ありません。

いずれも指揮命令や労働内容等の勤務実態を総合的に考慮して判断するものでした。

そのため、認定される事実をどう考えるかが分かれ目になったと考えられます。

例えば、Xが当初就任していたA社の位置づけに関する評価です。

第一審では、甲社はA社を独立した営業所と扱っていたこと及びA社が契約の当事者になれないとしても独立した国内事業所であっても本社からの制限を受けうることから独立した営業所であることは否定できないとしています。

対して、本判決では、A社は単に甲社の海外における窓口事務所であると考えられました。

このように、あらゆる事情を総合的に判断することで、控訴審では遺族側が勝利しました。

したがって、海外派遣者であるかどうかが問題となる事案では、第一審や本判決で取り挙げられた上記事実を参考に、勤務実態について振り返ることが重要となります。

もっとも、明らかに海外派遣者に当たるという方は、労災適用を受けるためには特別加入手続を行っておくことも忘れないで下さい。

労災保険の適用の有無により、被災労働者や、死亡事故の際は残された遺族が経済的に瀕するかどうか、大きく変わってしまいます。

海外勤務する方やそのご家族の方で、お悩みの方は当事務所へご相談下さい。弁護士が的確なアドバイスを致します。

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