裁判例
Precedent
事案の概要
Xは、パンの製造販売をなす会社に正社員として新規採用され、早速、パン販売店舗の新規開店の業務を任された。
Xは、就業からわずか15日で自殺した。
<争点>
業務起因性の有無。
具体的には、Xの業務とうつ自殺との因果関係の有無、業務起因性の判断のあり方。
<判決の内容>
(1)相当因果関係を要することについて
労働者の死亡が「業務上」のものといえるためには,業務と死亡の原因となった疾病等との間に条件関係が存在するだけではなく,社会通念上,当該疾病等が業務に内在ないし随伴する各種の危険の現実化したものと認められる相当因果関係が存在する必要がある。
(2)自殺と業務起因性について
労働者が自殺した場合であっても,労働者が精神障害を発症した結果,正常な認識,行為選択能力が著しく阻害され,又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われた場合は、労働者の自由意思に基づいた自殺とは言えない。
そのような場合で,上記精神障害が業務に起因することが明らかな疾病の場合には,当該自殺による死亡につき業務起因性を認めるのが相当である。
(3)業務起因性の判断について
ストレス(業務による心理的負荷と業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性,脆弱性を総合考慮し,業務による心理的負荷が社会通念上,客観的にみて,精神障害を発症させる程度に過重であるといえる場合に,業務に内在ないし随伴する危険が現実化したものとして、当該精神障害の業務起因性(業務との相当因果関係)を肯定するのが相当である。
なお、通達である判断指針は,一定の合理性があることが認められるが,司法上の判断に当たっては必ずしもこれに拘束されるものではない
(4)認定された事実
・Xは新規採用後、研修無しで新規オープン店舗の運営(陳列、レジ、業務報告、清算等全て)を任された。
・新規オープン時の来客数が想定を大幅に超えた。
・労働時間は、プレオープン時から、一日13時間から15時間であり、休憩時間も多くて30分であった。
・上司の課長が正社員であるXに相当厳しく指導し,「てめぇ」,「できねぇのか。」等の言葉使いをして、きつい言い方で叱責していたこと。
Xの年齢(当時23歳),経験(正社員として勤務した経験はない。)。
上記のように業務内容,長時間の労働時間,責任の大きさ,裁量性のなさが認められ、これらによる心理的負荷が相乗効果的に作用して負荷が増大したことが強く窺われる。
Xの業務による心理的負荷は,社会通念上,客観的にみて,精神障害を発症させる程度に過重であったといえる。
・その他
・Xに業務以外の心理的負荷はない。
・Xには精神疾患の既往歴はなく,生活史やアルコール依存等,特に問題となる事実はない。
(5)結論
Xの業務による心理的負荷は,社会通念上,客観的にみて,精神障害を発症させる程度に過重であり,他方,Xには業務以外の心理的負荷は認められず,また,年齢や社会経験に照らして精神疾患等のX側の脆弱性を特別窺わせる事情は認められない。
したがって,Xのうつ病の発症及びそれに伴う自殺は,業務に内在する危険性が現実化したものというベきであり,業務とXの死亡との間には相当因果関係が認められる。
まとめ
本判決は、精神疾患を発症して自殺した事例について、業務による心理的負荷の程度と、業務外の心理的負荷や被災者の個別的な脆弱性を総合的に判断しています。
つまり、業務による心理的負荷が大きいものであったとしても、被災者個人の性格が自殺に大きく影響している場合には、うつによる自殺が業務に内在する危険が顕在化したものとはいえなくなることがあることを示します。
しかし、私見としては、業務による心理的負荷が精神障害を発症させる程度が過長であると認められる場合、それが社会通念上、客観的に過長と判断されている以上、被災者個人の脆弱性があることを重視する必要は無いように思われます。
一方、過長と判断されたとしても、被災者が心理的負荷に強い性格を持っていた場合には、業務外の心理的負荷が主因となってうつ、そして自殺を招いている可能性があります。
この場合には、業務起因性が否定される可能性があります。
そのため、業務による心理的負荷の程度が過重であることに加え、心理的負荷に強い性格であるか否かと、業務外の心理的負荷の程度を検討する必要が生じると考えます。
以上のとおり、業務によりうつ病を発症してしまい自殺に至った場合、業務による心理的負荷の与えた影響は重視されることとなります。これについては、医師の意見が必要となったり、多くの事実を積み上げた専門的判断が要されます。
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