裁判例
Precedent
事案の概要
Xは、工事現場での作業中、同僚で部下に当たるBから暴行を受けて頚髄不全損傷及び腰部挫傷を負った。
Bが暴行するに至った経緯は次のとおりである。
工事現場で監督する立場にあったXが、作業をさぼっていたBに対して、作業を指示したところ、Bが反発した。
これに対して、Xは「親方の言うことが聞けねえのか」と強い口調で言った。
Bは、「ヘルメットもかぶらずにいるのが親方なのか」と反論した。
対してXは、「親のしつけがなっていない。私生活がいい加減だ。親がバカならお前もバカだ。」と強い口調で言った。
この後、BがXに安全靴を履いた足でXの背中を蹴る暴行を加えた。
Xは、業務中に負傷したとして、本件暴行による負傷について、労働者災害補償保険法に基づく休業給付の申請をしたところ、労働基準監督署長が、業務災害に該当しないとして不支給処分を行ったため、審査請求、再審査請求を経て、同処分の取消しを求めて提訴した事案。
<争点>
本件負傷の業務災害該当性。
具体的には、Bの本件暴行による本件負傷について、業務起因性が認められるか。
<判決の内容>
本件負傷について、業務起因性を認め、業務災害と認定した。
本件暴行は、私的怨恨または労働者(被災者)による職務上の限度を超えた挑発的行為若しくは侮辱的行為によって生じたものとはいえないから相当因果関係が認められ、業務起因性が認められる。
したがって、本件負傷は業務災害に該当する。
まとめ
・判断基準
業務起因性が認められるには、業務と災害との間に経験則上相当と認められる因果関係が存在することが必要とされ、本判決の示すところの、「相当因果関係」とはこのことです。
これは、法的な因果関係であり、通常の「アレなければコレなし」の関係よりも狭いものとなります。
本判決によると、他人による災害の場合、その判断にあたっては、暴行が発生した経緯、労働者(被災者)と加害者との間の私的怨恨の有無、労働者(被災者)の職務の内容や性質(他人の反発や恨みを買い易いものであるか否か。)、暴行の原因となった業務上の事実と暴行との時間的、場所的関係などが総合的に考慮されます。
そして、業務遂行中に同僚や部下からの暴行により負傷した場合には、原則として、当該暴行は労働者(被災者)の業務に内在または随伴する危険が現実化したものと評価でき、相当因果関係が認められます。
もっとも、暴行が、もはや労働者(被災者)の業務とは関連しない事由、例えば、私的怨恨や挑発的行為、侮辱的行為等によって発生したものであると認められる場合は、単に当事者間に存在する私的な感情から基づく災害といえるため、相当因果関係は認められません。
・本件
本件暴行は、XのBに対する侮辱的な言葉に憤慨したことが一因となっています。
そのため、私的怨恨又は職務上の限度を超えた挑発的行為若しくは侮辱的行為等によって生じたものと考えられなくもありませんでした。
しかし、Xの言葉は、現場を監督する者として、職務の一部としてBに告げた指示に、不用意に出てしまった言葉にすぎず、ことさらにBを挑発・侮辱するために発せられたものではない、むしろ、戒めの言葉でもあると認められました。
したがって、本件負傷は、職務を超えた挑発・侮辱的行為によって生じたとはいえず、原則とおり、相当因果関係は認められました。
まとめ
以上のとおり、就業中に発生する暴力については、原則として、業務災害と考えられます。しかし、人が暴力を振るう理由には様々な背景事情があり、その背景事情によっては、業務とは関係ない揉め事と考えられる場合もあります。
そのような場合には、被災労働者の職務がそもそも有している危険とは関係がないといえるため、例外的に業務起因性は否定されることになります。
他にも、時間的場所・場所的関係なども考慮されます。
つまり、業務中の出来事が原因であったとしても、暴行までの間、長期間経ている場合は、原因となる業務中の出来事と災害との関係性が薄くなると考えられ、業務起因性を立証することは難しくなるでしょう。