裁判例
Precedent
事案の概要
Xは、ある会社の支店長付き運転手として送迎業務に従事し、支店長だけでなく幹部職員や顧客の送迎、日々の車両清掃、整備業務行っていた。
そして、ある朝、支店長を迎えに行くため自動車を運転して走行中に、くも膜下出血を発症してしまい、休業した。
そこで、休業補償給付の請求をしたところ、業務起因性を欠くと判断された。
不支給決定処分の取消しを求めて提訴したところ、一審では勝訴したが、控訴され敗訴。これに対して、Xは上告した。
<争点>
業務起因性の有無。
具体的には、Xの業務とくも膜下出血との因果関係の有無。
<判決の内容>
Xの業務は、支店長や幹部、顧客が乗車する車の運転でありその性質上精神的緊張を伴うものであったうえ、不規則でかつ早朝から深夜に及ぶなど拘束時間が極めて長く、労働密度も決して低くはなかった。
Xはこのくも膜下出血発症に至るまで相当長期にわたってこのような業務に従事してきた。
とりわけ、その発症の約半年前からは1日平均の時間外労働が7時間を上回る非常に長いものでこのような勤務の継続がXに慢性的な疲労をもたらしていた。
しかも、その発症の前月及び発症直前10日間には時間外労働に加えて1日平均の走行距離も長く、また、発症前日のXの睡眠時間はわずか3時間半程度であった。
Xは、くも膜下出血発症の基礎疾患(脳動脈りゅう)を有していた可能性が高いものの、治療の必要がない程度のものであり、他に健康に悪影響を及ぼすような嗜好もなかった。
以上からすると、Xの基礎疾患が発症当時その自然の経過によって一過性の血圧上昇があれば直ちに破裂を来す程度にまで増悪していたとみることは困難というべきであり、他に確たる増悪要因を見いだせない本件においては、Xが発症前に従事した業務による過重な精神的、身体的負荷がXの基礎疾患をその自然の経過を超えて増悪させ、発症に至ったものとみるのが相当であって、その間に相当因果関係の存在を肯定することができる
まとめ
本判例は、長時間労働により、くも膜下出血を発症したことと、業務との因果関係が問題となりました。
脳疾患に関しては、労働者個人が持つ性質や、生活習慣などが大きく影響しうるため、脳疾患と業務との因果関係は、職業病(じん肺など)などと異なり、簡単には認められません。
この点、労災認定の実務上は、通達による認定基準に当てはめて判断されています。現在の認定基準では、本判例の影響を強く受けているところ、まずは就労状況が重視されます。
就労状況とは、主に労働時間です。少なくとも、1月あたり45時間以上の時間外労働がないと、因果関係は認められない傾向にあります。
45時間を越えれば、徐々に認定可能性が上がっていきます。前月に100時間を越えていると、概ね認定されます。
労働時間は労災認定の大きな考慮要素となるため、労働時間を示す資料の確保は、労災認定に当たっては極めて重要となります。
少なくとも、自身の労働時間のメモがあると良いでしょう。
さらに、労働時間をベースとして、その他、業務の性質上、身体的負担が大きいことや、不規則であることなどが考慮されます。
例えば、海外出張の多さや、不規則な昼夜の業務などです。
但し、労災認定実務上は、職場の人間関係はあまり重視されません。
これは、客観的な判断が困難だからです。
認定基準作成の参考とされた本判例では、Xの勤務形態や労働時間を重視しています。
その上で、Xのもつ基礎疾患が、発症に与える影響についても考慮し、それでも原因は業務にあるとしています。
長時間労働により、脳・心臓疾患を患った方で、労災認定についてお悩みの方は、弁護士へ一度相談してみてください。