裁判例
Precedent
事案の概要
男女は、結婚紹介所を通じて知り合い、約半年の交際を経て婚約した。
双方の両親同席の下、結納を交わし、また、男性は、女性に婚約指輪を渡した。
さらに、ザ・リッツ・カールトン東京において結婚式及び披露宴を開催し、親族や友人の前で、婚姻して生涯を共にすることを誓い合い、結婚指輪を交換した。
その後、男女は同居を開始したが、同居から約1ヶ月後、男性は、女性に対し、婚約を破棄する旨を伝え、その翌月には男女の同居が解消された。
女性は、男性に対し、婚約の不当な破棄であるとして債務不履行又は不法行為に基づき合計1170万円の損害賠償請求をした。
男性は、性交渉の不能や、女性の言動、味覚の不一致、性格の不一致などを挙げ、本件婚約破棄には正当事由があったとして、債務不履行及び不法行為の成立を争うとともに、損害額についても争った。
<争点>
婚約破棄による損害賠償責任は生じるか
<判決の内容>
(本件婚約破棄に正当な理由があるか)
まず、男性の主張する性交渉の不能との点については、男性が、女性との性交渉を初めて試みた時点で、女性に対して不満を感じていたため、気持ちが女性に向かず、性交渉をする気持ちになれなかったという心因的なものである。
男性の心理状態が変われば解消される可能性もあったものであり、本件婚約破棄の時点で、女性と男性の間に、婚姻した後の夫婦間の正常な性生活を妨げるような事情があったとまで認めるに足りる事情は見出し難い。
よって、この点は本件婚約破棄の正当な理由となるものとは認められない。
次に、男性は、女性が「それだけ働いて私と同じ給料なの」と発言したことについて、歯科医師という男性の業務を金銭的に評価して侮辱するものであり、本件婚約破棄の正当な理由となると主張する。しかしながら、家計について話していた際に、女性から出た言葉であると考えられ、女性に、男性の業務を金銭的に評価して男性を侮辱する意図があったと認めるに足りる証拠はなく、単に、女性と男性の給料が同程度であったことを改めて認識したという程度の発言であった可能性もあり、そのような発言をしたからといって、それだけで女性と男性に重大な性格の不一致があったと評価することはできない。
よって、この点も本件婚約破棄の正当な理由とはならない。
女性の調理した料理が男性の味覚に合わなかったとの点についても、本件婚約破棄の正当な理由とはおよそなり得ないものというべきである。
男性は、女性との性格の不一致を主張するが、結婚式場の決定についても、女性は男性と相談し、あるいは、男性の了承を得て進めていたものであり、自己の都合を優先して、男性の意思を無視して進めたといった事情は伺われない。よって、男性の指摘する性格の不一致が本件婚約破棄の正当な理由となるということはいえない。
(損害額について)
本件婚約不履行と相当な因果関係のある損害について検討するに、婚約不履行と相当因果関係のある損害といえるためには、婚約成立から婚姻に至るまでの間の準備行為として必須の出費と認められることを要すると解するのが相当である。
結納・結婚式・披露宴関係の費用について、女性が結納、結婚式及び披露宴のための支出と主張しているもののうち、本件婚姻破棄と相当因果関係を有すると認められる損害は、男性が認めているものを除くと、合計388万2289円である。
同居のための費用については、必ずしも婚姻生活の準備として必須であるか疑わしいものや高額な品も含まれており、また、これらは転用可能なものであるから、同居のための費用として、本件婚約破棄と相当因果関係のある損害は、男性が認めているものを除くと、その合計額の5分の1に相当する額の合計52万3830円である。
その他交通費等について、電車代である5万0099円が本件婚約破棄と相当因果関係を有する損害であると認められる。
精神的苦痛について、本件婚約破棄に至った事情、証拠によれば女性が本件婚約破棄の後、体調を崩し、職場においても注意力が散漫になっていると指摘されているなど、本件婚約破棄が女性に深い精神的な苦痛を与えていることを総合考慮すると、その苦痛を慰藉するには男性に200万円の損害賠償を支払わせることが相当である。
本件についての弁護士費用は68万円が相当である。
本件婚約破棄と相当因果関係のある損害としては、756万4365円とするのが相当である。
まとめ
婚約破棄を原因とする損害賠償請求が認められるためには、婚約が存在しただけでは足りず、一方が正当な理由なく婚約を破棄したことが必要になります。
本件は、結納、婚約指輪の授受、結婚式や披露宴の開催があったため、婚約の存在自体に問題はありませんでした。
もっとも、男性側から、婚約破棄に正当な理由があったとの主張がされたため、損害賠償責任が発生するかどうか問題となりました。
結果的には、性交渉の不能や、女性の言動、味覚の不一致、性格の不一致などの事情はいずれも、正当な理由とは認められず、男性は損害賠償責任を負うことになりました。
また、婚約破棄が認められる場合、損害額が問題となることがあります。
本件では、精神的損害200万円の他に、婚約成立から婚姻に至るまでの間の準備行為として必須の出費が損害として認められています。
婚約破棄による損害賠償責任は、精神的損害に限られるものではありません。ご相談の際には、婚約成立から婚姻に至るまでの出費の詳細をお知らせください。