裁判例
Precedent
事案の概要
元々関係が悪化してた夫婦は、夫が妻に対し離婚を求め、妻が離婚届に署名する段階にまで至っていた。
もっとも、妻は離婚届に押印まではしていなかった。
夫は、女性Aと交際していたが、その交際は妻に知られることになった。
妻は、女性Aに対し、不貞行為により平穏な夫婦関係を壊されたとして、慰謝料1100万円の支払いを求めた。
これに対し、女性Aは、妻が離婚届に署名していたのであるから、夫婦関係はすでに破綻していたと主張した。
<争点>
婚姻関係の破綻が疑われる事情は、慰謝料にどのような影響を与えるか。
<判決の内容>
離婚届作成の時期とAと女性Aが初めて不貞行為に及んだ時期との間は1か月も離れてないのであるから、不貞行為開始時点の当時も、夫婦の婚姻関係は、決して順調ではなく相当程度に悪化はしていたもので、離婚の申し出について条件次第では受け入れてもいいと妻が考えてしまう程度の状況であったことは否定できない。
しかし、その一方で、夫が離婚に向けた行動を開始したのは、女性Aとの不貞行為に及んだ後である。
それまで不満を抱えながらも夫婦は同居を継続していたという事実は極めて重要であり、様々な出来事を経ながらも、夫が妻に対して抱いていたのは日常的な不満の域を出るものではなく離婚を決断する程度の状況にはなかったのであって、もし夫が女性Aとの不貞行為が及んでいなければ、そもそも離婚届の作成を求めるなどという事態が本当に生じていたかは極めて疑問である。
夫による不貞行為という事実以外に決定的な破綻事由が見受けられない以上、既に決定的な破綻状態に至っていたとみるのは困難というほかなく、婚姻関係の悪化に関しては、慰謝料額の判断において斟酌するのが相当である。
このように夫婦の婚姻関係が決定的な破綻状態へと進んでしまったことによって妻が多大な精神的苦痛を被ったもので、かかる事態に至った最大の要因は女性Aと夫との間の不貞関係にあるものと認めることができるものの、その一方で、本件離婚届の作成に及んでいるという点では、その時点の夫婦の婚姻関係は、完全な破綻とはいわないとしても、すでに良好とは言えない状況にあって、妻にも離婚という選択肢が存在していた程度には破綻状態が進行していたことは否定できず、慰謝料額の判断にあたってはかかる事情を斟酌せざるを得ない。
よって、これらの事情を総合考慮し、当裁判所としては、女性Aが負うべき妻に対する慰謝料額は90万円が相当と思料する。
まとめ
夫婦の婚姻関係が破綻した後、別の異性と関係をもっても、慰謝料は発生しないのが通常です。
もっとも、どの時点で夫婦の婚姻関係が破綻しているかは、必ずしも明確ではありません。
特に、別の異性と関係をもった配偶者は、別居を開始した時点や離婚の意思を告げた時点で、婚姻関係が破綻したと思いがちですが、決してそのようなものではありません。
婚姻関係の破綻は、DVなどの明確な離婚原因が認められない限り、夫婦相互の意思によるところが大きく、一方の意思によっては決まりません。
本件は、離婚届の署名という、妻の離婚意思が伺われる事情を指摘し、完全な破綻にまでは至っていないが、破綻状態が進行していたとして、慰謝料の金額を減額した事例といえます。
婚姻関係が破綻に至っているか否か、完全な破綻に至っていないとしても慰謝料の金額に影響を与えることはあるか、ご相談の際には、個別のご事情に基づいた判断をいたします。