裁判例
Precedent
事案の概要
二人の子がいる夫婦は離婚協議を開始し、その翌年には、夫が家を出て、別居生活を開始した。
妻は、別居後も夫の給与振込口座を管理しており、同口座から月額35万円を払い戻して生活費に充てていた。
また、同口座から、妻と子が住む自宅の住宅ローン(月額16万円)が引き落とされている。
夫は、住宅ローンについては妻が負担することを前提として、夫が分担すべき婚姻費用の額を月額31万円とするよう求める調停を申し立てたが、同調停は不成立となった。
そのため、夫は、裁判所に対し、適正な婚姻費用額の審判を求めた。
<争点>
婚姻費用を支払うべき者(義務者)が、婚姻費用を受け取るべき者(権利者)の居住する自宅の住宅ローンを支払っている場合、住宅ローンの支払額は婚姻費用から差し引かれるべきか。
<審判の内容>
夫は、妻に対し、別居状態解消又は離婚に至るまでの間、自己の経済状態に応じた婚姻費用の分担義務を負っているが、いずれの当事者も稼働し、給与所得等を得ている以上、特段の事情のない限り、当事者が現に得ている収入を前提として各自が分担すべき婚姻費用を定めるのが相当である。
妻の収入を給与収入84万円、夫の収入を給与収入1568万円として、標準算定方式(「養育費・婚姻費用算定表」に基づく算定方式)に基づき、本件の婚姻費用を試算すると、夫が負担すべき婚姻費用分担金の額は月額30万円から32万円と試算される。
もっとも、上記算定方式は、別居中の権利者世帯と義務者世帯が、統計的数値に照らして標準的な住居費を、それぞれが負担していることを前提として標準的な婚姻費用分担金の額を算定するものであるところ、本件では、夫が、妻の居住する自宅の住宅ローンを負担しており、いわば義務者が自己の住居費と権利者の住居費を二重に負担している状態にあるから、当事者の公平を図るには、婚姻費用分担金を決定するに当たって、上記試算結果から、権利者の総収入に対応する標準的な住居関係費を控除するのが相当である。
そして、妻の総収入に対応する標準的な住居関係費は、月額3万円弱であるから、本件においては、上記試算結果の下限額である30万円から3万円を控除した27万円を夫が負担すべき婚姻費用分担金の額とするのが相当である。
まとめ
婚姻費用の算定は、夫婦のそれぞれの収入を標準算定方式(「養育費・婚姻費用算定表」に基づく算定方式)に当てはめる方法を採ります。
そして、通常、その算定方法で必要十分であるといえることが多いです。
しかし、このような算定方法のみでは、本件のように、自身が住まない不動産の住宅ローンの支払いを継続し、二重の住居費を負担している義務者と、無償で居住している権利者の間で、不公平が生じてしまいます。
そのため、本件で、裁判所は、妻が本来負担すべき住居費を、妻の収入に基づき算出し、これを婚姻費用から差し引くという解決方法を採用しました。
妻の収入に見合った住居費は、「特別経費実収入比の平均値」と題する資料に基づき統計的に仮定することになります。
婚姻費用の算定に関しては、標準算定方式による単純な計算で決せられると考えられがちですが、実際の審判においては、当事者間の公平に配慮した算定がなされます。
そのため、裁判所に対し、居住実態や住宅ローンの支払実態を考慮した判断を求めることは、非常に重要といえます。