残業代未払いの時効はいつ?企業側のリスクや対応策も解説
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「自社の従業員への残業代の未払いが発生した場合の消滅時効期間が法改正によって延長されたと聞いたけど、どれくらいなの?」
この記事では、企業での残業代の未払いに関する時効、未払い残業代が発生した場合の企業側のリスク、未払い賃金を防ぐための対応策についてご説明します。
この記事を読んで、企業での残業代未払いの消滅時効や賃金未払いが発生しないための対策について知っていただければ幸いです。
1.企業における残業代未払いについて
(1)未払い残業代とは
そもそも、残業代(なお、労働基準法では、「残業代」のことを「割増賃金」(労働基準法37条)と表現しています)には、(ア)時間外労働に係る残業代、(イ)休日労働に係る残業代及び(ウ)深夜労働に係る残業代の3種類があります。
また、(ア)時間外労働に係る残業代には、1日当たりの時間制限を超える時間外労働に係る割増賃金、1週当たりの時間制限を超える時間外労働に係る割増賃金、1か月当たりの時間制限を超える時間外労働に係る割増賃金が含まれます。
このような残業代に係る制度が設けられているのは、時間外労働、休日労働、深夜労働という特別の労働に対する労働者への補償と、労働時間制の例外をなす時間外労働・休日労働について企業側に割増賃金の経済的負担を課すことによって、これらの労働を抑制することを目的としています。
(2)未払い残業代の時効について
#1:法改正前の消滅時効
法改正前の未払い残業代を請求する権利の消滅時効期間は、2年間でした。
そもそも、「月又はこれより短い期間によって定めた使用人の給料に係る債権」については、改正前民法174条1号により、1年間の短期消滅時効が定められていたところ、労働者保護の趣旨で、労働基準法により、2年間に消滅時効期間が伸長されていました。
#2: 法改正後の消滅時効
「民法の一部を改正する法律」が平成29年5月に成立し、令和2年4月1日に施行されました。
これにより、未払い残業代を請求する権利の消滅時効期間が変更されました。
すなわち、改正民法では、債権は、権利を行使することができることを知った時から5年間、又は権利を行使できる時から10年間行使しない場合に消滅するとされました(民法166条1項)。
また、上記の改正前民法174条1号も、廃止されました。
労働基準法は、労働者保護の趣旨で改正前民法174条1号の1年間の短期消滅時効期間を伸長していましたが、民法改正により、労働基準法上の時効期間の方が民法よりも短期間になるという不均衡が生じることとなりました。
そこで、改正労働基準法115条では、賃金債権の消滅時効期間は5年間とされ、使用者への影響を考慮して、改正労働基準法143条3項により、当分の間、消滅時効期間が3年間とされています。
いつの時点から消滅時効期間が変更されるのかについては、令和2年4月1日以降に発生した残業代請求権について、賃金支払日から5年間(当面の間3年)となりました(すなわち、令和2年3月31日までに発生した残業代請求権についての消滅時効期間は、賃金支払日から2年間のままとなります)。
2.未払い残業代のリスク
では、企業が従業員から残業代請求をされた場合、企業にはどのようなリスクがあるでしょうか。
代表的なリスクとしては、次の3つが挙げられます。
(1)従業員に対する支払義務が発生する
当然のことですが、支払うべき残業代を支払っていなかった場合、従業員に対して、未払い残業代を支払う必要があります。
特に、中小企業等で、新型コロナウイルス感染症の影響等により資金繰りに窮している場合、未払い残業代の支払いはかなりの負担となり、場合によっては、破産、民事再生等の法的整理に直結してしまうリスクもあるでしょう。
(2)他の従業員からも残業代請求を受ける可能性がある
残業代請求をされ、かつ、支払わなければならないとされた場合、他の従業員との関係でも、未払いの残業代が生じていることが通常だと思われます。
また、当該従業員に対し、支払わなければならない残業代がなかったとしても、当該従業員から他の従業員へ残業代請求を行った事実が広まった結果、他の従業員からの残業代請求を誘発する可能性があります。
このように、企業が従業員から残業代請求を受けた場合、当該従業員だけでなく、他の従業員へ波及するおそれがあり、企業側としては、適切に対応する必要があります(企業としては、争うべきものは争うべきであり、安易に対処してはいけません)。
(3)外部からの評判が低下する
また、従業員から残業代請求がされていることが、何らかの理由によって企業外にも流出するおそれがあります。
大企業の場合、週刊誌等にリークされる可能性もあるかもしれません。
そうすると、企業としては、外部からの評判が低下するおそれもあるといえます。
(これは、仮に、企業として支払うべき残業代を支払っていたとしても、従業員からレピュテーションリスクは避けられず、非常に難しい問題であるといえるでしょう。)
3.未払い賃金の消滅時効改正に伴って企業が取るべき対応
上記のとおり、民法改正に伴い、残業代請求の消滅時効期間が2年間から5年間(当面の間は3年間)に延長されました。
そのため、今後、企業が残業代を支払わなければならないとされた場合に、企業が負担する残業代が延長された分増加することになります。
したがって、企業としては、従業員から未払い残業代請求をされない環境構築を行うことが非常に重要です。
以下、従業員から残業代請求をされないようにするための例として、2つの方法を紹介します。
(1)労働時間を把握できる仕組みを構築する
企業は、従業員の労働時間を把握する義務を負っています。
従業員の労働時間を具体的に把握できるようにするため、例えば、タイムカードやICカード等による労働時間の打刻を義務付ける(始業・終業時間だけでなく、休憩時間も打刻を義務付ける)等の体制を構築することをお勧めします。
(2)残業承認制を設ける
また、残業代請求をされないようにするためには、残業代を発生させる時間外労働等が自由に行われにくい体制構築も重要です。
そのためには、従業員に対しては、定時退社が原則であることの周知と、定時退社が行えるよう業務量を調整した上で、就業規則において、「事前に承認を得た場合にのみ残業を認める」という残業承認制を設けておくことも考えられます。
もっとも、裁判例では、残業承認制が設けられていた企業において、従業員が企業の事前の承認を得ないで行った残業時間について、企業が従業員に対して所定労働時間内に業務を終了させることが困難な量の業務を行わせ、従業員の時間外労働が常態化していたことを理由として、企業の承認なく行われた残業時間を労働時間にあたるとして裁判例があります(東京地判平成30年3月28日・クロスインデックス事件)。
したがって、企業としては、残業承認制を設けるだけでなく、企業の承認なく残業を行っている従業員に対して注意することを心がけましょう。
まとめ
本記事では、企業において社員への残業代未払いが発生した場合の消滅時効や企業側へのリスクについてご説明しました。
従業員への未払い残業代が発覚すると、他の従業員からの残業代請求を誘発するおそれや、企業のイメージ棄損の可能性が考えられます。
ですので、企業側は、従業員の労働時間を管理できる体制を構築し、支賃金未払が発生しないようにしたうえで、支払うべき残業代は支払うといった対策をすべきだと言えます。
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