内定
企業は、新卒採用に当たり、学生に対して採用内定通知を行ったものの、様々な事情により、採用取消しを検討する必要が生じることがあります。
では、どのような場合に採用取消しが認められるのでしょうか。
1.内定取消し
(1)採用内定の法的性質~ 始期付解約権留保付労働契約 ~
一般的に、採用内定通知とこれに対する学生からの誓約書の提出に伴い、企業と当該学生の間には、始期付解約権留保付労働契約が成立していると考えられています(但し、その成否については後述「始期付解約権留保付労働契約の成否」)。
始期付解約権留保付労働契約とは、就労の始期、すなわち、学生側の労務提供義務と企業によるその対価としての賃金支払義務が生じる始期が定められており(一般には4月1日)、かつ、解約権が留保されているという性質を有します。
したがって、学生が労働者となるのは、始期以降であり、それまでは学生は労働者ではありません。
また、始期以前の事情によっては、企業は解約権を行使することが認められます。
(2)始期付解約権留保付労働契約の成否
採用内定により、学生は他企業への就職活動をやめ、その機会と可能性を放棄することが通例と考えられます。
そこで、採用内定によって始期付解約権留保付労働契約が成立し、これにより、就労の有無の違いはあるものの、採用内定者(学生)の地位は、一定の試用期間を付して雇用関係に入った試用期間中の社員の地位と基本的に同様であると考えられることとなります(大日本印刷事件 最判昭54.7.20)。
もっとも、近年の就職活動事情においては、必ずしも採用内定を出された学生側が他企業への就職活動をやめていなかったり、公務員試験を受験しているなど、多様な状況が想定されるのも事実です。
そのため、一律に前記(1)の始期付解約権留保付労働契約が成立しているとまではいえず、具体的な採用内定の事実関係に即して判断されます。
その判断過程では、その採用内定が当該企業の当該年度の採用内容の事実関係から学生において他企業への就労の機会を放棄するような性質のものといえるか、また、実際に学生が放棄しているかなどの事情が、重要な考慮要素と考えられます。
(3)内々定通知の段階ではどうか
内々定は、正式な内定通知前に通知されるもので、単なる新卒者の囲い込みのため人事担当者名で通知されていたり、学生側もそれを理解していることが多いと思われます。
そのため、内々定通知の段階では、多くは始期付解約権留保付労働契約が成立していないと考えられます。
したがって、内々定を取消すこと自体は通常は問題がないと考えられます。
但し、内々定の取消しを不法行為として、慰謝料支払を命じられる場合があります。
つまり、内々定通知により労働契約締結への学生の期待が法的保護に値すると認められた場合には、その期待を反故にしたことについて不法行為が成立するとして、50万円から100万円程度の慰謝料が認められるケースがあります。
慰謝料の額は、期待の保護の度合いだけでなく、取消し手続の誠実さなどが考慮されます。
(4)採用内定の取消しが認められる場合
内定取消しの理由が、客観的に合理的で社会通念上相当な場合は、取消しは認められます。
例えば、当該学生が大学を卒業できなかった場合です。
但し、解約権行使が可能な事由については、誓約書に具体的に明記しておく方が、後に実際に取消しする際のトラブル予防になります。
では、採用内定者が病気や怪我で4月1日の時点では就労できないことが明らかになった場合に、取消しは認められるでしょうか。
病気から回復して就労ができる時期がある程度見込めている場合には、取消しは認められない可能性が高いでしょう。
対して、精神的な疾病により就労不可能な状態にある場合は、精神的疾病は通常長期療養が必要で、かつ回復の見込み時期も不明確なことが多いため、取消しが認められやすいでしょう。
怪我により後遺症が残ってしまったようなケースでは、今後の労務提供に支障があるか、予定されていた職種以外で就労することができないかなどを考慮する必要があるでしょう。
内定通知後の経営状態の悪化を理由とする内定取消しについては、整理解雇の4要件(①人員削減の必要性、②解雇回避努力を尽くしたこと、③解雇される者の選定方法の合理性、④労使交渉等の手続の合理性)を参考に検討すべきです。
(5)実務的解決方法
採用内定を取り消す場合、一定の和解金を提示して穏便に解決することも選択肢として考えられます。
労働者側の弁護士団体によれば、1年分の年収+慰謝料を和解金の水準として提言しています。
以上、採用内定取消しについては、企業側に慎重な対応が求められます。
また、採用内定取消しの内容によっては、厚労省においてその事実が公表されてしまいます。
採用内定取消しを検討される場合は、弁護士にご相談の上で対処されることをお勧めします。
2.内定者研修
内定者研修は、任意であればできますが、強制することはできません。
内定は、「効力の始期付き」労働契約ですから、入社日より前にはまだ労働契約の効力が発生していません。
そのため、内定者を入社後と同じように会社の管理下において研修を行うことはできません。
これに対して、任意に参加させる形であれば、問題はありません。
会社としても、内定者への研修を行えれば、内定者を早い段階から業務に就かせることができるようになり、効率は良いといえます。
ただし、内定者研修に出ないからといって不利益な取扱いをすることは許されません。
たとえば、以下のようなことはできません。
- 内定取消しをする
- 内定者研修に出た者と比べて給料を引き下げる
- 内定者研修に出なかった日数分を、入社後に欠勤として取り扱う
3.無給で内定者研修を行うことのリスク
無給で内定者研修を行っている場合、内定者から、研修期間中も入社後に行う研修と同等のことを行っているとして、その分の賃金を請求されることがあります。
こういったトラブルは、内定者研修を経た内定者が、企業や業務内容が自身に合わないと判断し内定を辞退したケースや、企業がやむを得ず内定を取り消したケースなどで生じることがあります。
無用なトラブルを避けるためにも、内定者研修を行う際は、内定者への説明や参加への意思確認は慎重に行うべきです。
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