個別指導にむけての院内対策
個別指導にむけての院内対策
個別指導の主な選定基準は、「個別指導の通知が来た場合の対応」で説明したとおりです。
個別指導に選ばれないように対策するというよりは、仮に個別指導に選ばれたとしても、指摘される事項がないように対策をしておくという発想が大切です。
そのような対策が、結果として、個別指導の対象に選定されることを回避することにもなります。
今回は、個別指導が行われた際に、どのようなことが指摘をされるのか、それに対してどのような対策が大切か、という点を概観したいと思います。
診療録を適切に作成、管理する
医師は、診療をしたときは必ず診療録を残さなければなりません。
医師法24条1項医師は、診療をしたときは、遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載しなければならない |
また、診療録は5年間の保存義務が課されています。
医師法24条2項前項の診療録であって、病院又は診療所に勤務する医師のした診療に関するものは、その病院又は診療所の管理者において、その他の診療に関するものは、その意思において、5年間これを保存しなければならない |
したがって、「診療録をそもそも作っていない」「診療録を5年以内に破棄してしまった」というような事態は、論外です。
もっとも、一般的な病院および診療所では、そこまで杜撰な管理であることは稀だと思います。
しかし、「作ってはいるけれど不備がある」「残してはいるけれど内容的に不十分」という場合は少なくありません。
個別指導は、保険医療費の請求が正しく行われているかという観点でなされます。
そのため、どのような診療が行われ、それについてどのような請求がなされているかという点を精査されることになります。
その際、不備のある診療録では、診療報酬が正しく認められず、場合によっては何千万円という自主返還を要することになりかねません。
記載内容の不備
診療録の必要的記載事項は、医師法施行規則によれば以下のとおりです。
医師法施行規則23条診療録の記載事項は、左の通りである。 |
また、療養担当規則(正式には「保険医療機関及び保険医療療養担当規則」)においても、記載事項が規定されています。
療養担当規則8条 22条 |
これらを総合すると、保険医療を行う場合には、医師法施行規則規定の記載事項のほかに、いわゆる「様式1」所定の事項をきちんと記載しておく必要があります。
個別指導で問題とされる例を挙げると以下のようなものがあり得ます。
医師による日々の診療内容の記載が全くない、又は極めて乏しい
上記のとおり、診療録は診療のたびに記載を十分に行わなければなりません。
もっとも、多忙な医師からすれば、定期通院や経過観察の入院患者等については、特筆すべき点がないということで、診療録への記載を怠ってしまうこともあるかもしれません。
しかし、診療録に記載がないものは、診療自体の立証に困難をきたし、場合によって
医師法で禁止されている「無診察診療」と判断される危険性もあります。
診療はするたびに、確実に診療録に記載する、ということが必要です。
診療録に記載している傷病名につき、診断の経緯又は根拠診療内容を記載していない
傷病名のみが記載されていても、そう判断するにあたっての記載がなければ十分ではありません。
どのような所見が見られたか、どのような検査を行ったかという点を確実に記載する必要があります。
多日数通院での注射やCT撮影やMRI撮影等について、必要性の記載が乏しい
注射やCT撮影などを何度も行う場合には、その処置や検査の必要性を十分に記載しておく必要があります。
記載方法の不備
記載すべき内容を記載したはずだ、と思っていても、記載方法に不備がある場合には、適切な記載のある診療録とは認められないこともあります。
個別指導で問題とされる例を挙げると以下のようなものがあり得ます。
記載方法が不適切である
例えば、判読不能なほど乱雑なもの、鉛筆や修正液の使用、欄外記載などは、記載内容自体は間違いがなくとも、適切な診療録とは認められないことになります。
一般に通用しない略語や造語が用いられている
診療録は、公的な記録です。
例え、簡便であっても、一般に通用しない略語等を用いることは避けましょう。
医学用語は学会用語集に、略語は医学辞典に準拠して用いるように心がけましょう。
複数の医師が担当する場合に、記載が入り乱れており、責任の所在が曖昧である
誰が、どの部分を、いつ書いたか、という点ははっきりさせておかなければなりません。
診療を終えたら、その都度実際に診療をした医師が診療録に記載をし、その記載の末尾に署名又は捺印をし、責任の所在を明確にするように心がけましょう。
電子カルテ利用の不備
電子カルテを導入している病院も増えてきましたが、これも独自の注意点があります。 電子カルテとは、単に電子的に診療録の記載事項を作成したのみではなく、以下の要件が必要とされています。
真正性
故意又は過失による虚偽入力、書換え、消去及び混同を防止する必要がある
見読性
情報の内容を肉眼で読み取ることが容易にできる必要があり、かつ、必要に応じて書面に表示することができる必要がある
保存性
法令に定める保存期間内、復元可能な状態で保存できる必要がある。
これらを備えていないと、電子カルテとして認められないため、すなわち診療録を備えていない、ということになりかねません。
電子カルテの管理方法については、厚生労働省が「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」という指針を出しており、まずは、これに準拠しておくことが大切です。
その他、個別指導で問題とされる例を挙げると以下のようなものがあり得ます。
パスワードの管理が適切になされていない
上記の真正性の観点から、パスワードは8文字以上の英数字混合のものを用いる野が望ましいとされ、かつ2ヶ月以内ごとに変更を繰り返すことが求められます。
システム変更の結果、旧システムの記録について端末から参照できない
電子カルテシステムはどんどん新しく便利なものが出てきていますが、この変更や更新の際に互換性がない場合、旧システムで作成された記録が、端末上でうまく表示されないことがあります。
このような状態は、上記の見読性の観点から問題視されます。
紙媒体の診療録と電子カルテが混在している
保存性とも関連する部分ですが、医院として紙媒体と電子媒体のどちらかで定めた場合、一方で統一することが求められます。
また、例えば、電子カルテを採用している医院において、紙媒体で作成された診療諸記録(診療情報提供書等)がある場合には、これもスキャナ等で電子化をしたうえで、統一して保存する必要があります。
診療録の記載内容や記載方法については、医師法施行規則や療養担当規則の他、厚生労働省が2年ごとに改定する診療報酬点数表や、その他のガイドラインなどによって、非常に複雑なルールが定められています。
病院内の慣例や慣行で行われている記載方法が、これらの法制と異なることもありますので、あるべき診療録の記載方法については、勉強会を設けるなどしておくことが求められます。
診療点数の改正や算定方法などを理解する
保険診療では、各診療内容に応じて点数が算定され、この点数を基準に診療報酬が計算されることになります。
そして、それぞれの診療内容について何点を算定するのかについては、厚生労働省が定める診療報酬点数表によって定められています。
しかし、これは2年ごとに改訂され、しかもとても細かく規定されています。
したがって、誤った理解に基づいて診療点数の算定が行われている例も多くあります。
気をつけるべき事項の例を挙げると以下のようなものがあります。
- 改訂後の時期に、改訂前の点数に基づいて算定している。
- 創傷処置や皮膚科軟膏処置などにつき、実施した範囲と異なる点数で算定している。
- 所定の点数に含まれるものについて、保険外負担として患者から徴収している。
- 入院中外泊日の入院調剤料を算定している。
迷うことがあれば、事前質問を活用
前述したように、保健医療については、各種の通達や告示、ガイドラインなどによって、複雑にかつ細かく定められています。
そのうえ、診療報酬点数は2年に一度改訂されます。
そのため、適切に対応しようとしても、「何が適切なのかわからない」「この方法が正しいのかわからない」ということがどうしても生じます。そのような場合には、管轄の地方厚生局へ、事前質問を行うという方法があります。
厚生局は、電話やファックスで日常的に質問を受け付けています。
例えば、東京の場合には、関東信越厚生局の東京事務所がお問合せの電話番号を明示しています。
また、栃木の場合には、関東信越厚生局の栃木事務所は、質問票の雛形をホームページ上に掲載し、ファックスによる質問を受け付けています。
このように、厚生局に質問し、その都度疑問を解消していくことで、少なくとも勘違いによる診療録の記載方法や、診療点数の算定を減らすことはできます
個別具体的な対策は、弁護士とともに
上記のとおり、各種規則や通達を理解し、これを病院内に浸透させ、適切な対応を行う努力をしていくことで、個別指導で指摘される事項を減らすことは可能です。
もっとも、病院の規模や体制によって、どのような対策をしていくことが効果的かはさまざまです。
例えば、総職員が10~20名程度の診療所であれば、全体で勉強会を行い、意見交換や質疑応答によって、理解を深めていくことも可能です。
しかし、規模が大きくなれば、そのような機会を設けることは困難になります。
その場合には、まずは主担当者を定めたうえで、記載方法のマニュアル化や、注意点のリストなどを作成し、院内に浸透させていく等の方法をとることが考えられます。
そのため、それぞれの病院や診療所において、個別具体的に対策を考えることがとても大切です。
- 実際どのような問題があるか
- それをどのように解消していくことができるか
- そして万が一個別指導に選ばれた場合にはどのように対応するか
これらは、一連の流れとして考えると、より効果的になります。
院内対策をどのようにすべきか迷われた際には、ぜひ弁護士にご相談ください。
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