破産した場合の退職金の取り扱いについて~退職金はいつまでも劣化しない?~

破産した場合の退職金の取り扱いについて

<ケース1>
この度私が経営する会社は破産の申立をしました。

資金繰りが厳しかったので、やむなく退職金を支払わずに退職してもらった従業員もいました。

その中に4年前に退職した従業員Aがいました。

先日、破産を申立てたため裁判所からの通知が従業員Aにいったのがきっかけだと思いますが、この従業員Aは「支払われなかった退職金は破産手続と無関係に支払われるように法律に書いてあるのだから早急に支払って欲しい」と言ってきました。

本当なのでしょうか?4年も前の退職金が優遇されるのですか。

破産前3か月分の給与・退職金だけが、優遇されるのではないのですか。

破産手続と関係ないというのも信じられません。

仮に支払わなければいけない場合でも、この従業員Aに貸し付けているお金があります。

相殺できませんか。

なお、従業員Aに対する未払い退職金は100万円、退職前3か月の収入合計は120万円、従業員Aへの貸付金は100万円です。

(1)未払い給与の優遇措置には時間的な制限があるのか

未払いの給与については、破産を裁判所に申し立てて、裁判所から破産手続開始の決定を受ける前の3か月分のみを、配当手続によることなく最優先で支払われる権利(「財団債権」)としており、会社に財産がある場合、他の債権よりも優遇されて支払を受けることができます。

このように、未払いの給与については、手続開始前3か月分という時間的及び量的な制限がかかっています。

他方で、財団債権として取り扱われたとしても、破産手続によらずに支払われることになるわけではありません。

配当手続による必要はないですが、あくまでも手続の中で支払われることになるのです。

(2)退職金の優遇措置には時間的な制限はないのか

他方、退職金については、未払い給与と違って、退職前3か月分の給与の合計額を、配当手続によることなく最優先で支払われる権利(「財団債権」)として最優遇しています。

このように、退職金については、単に量的な制限が設けられているだけで、破産手続開始決定前3か月分といった時間的な制限は設けられていません。

このように、給与については、破産スタート前の3か月分のみ最優遇されるのに対して、退職金については、未払いのままで存在している限り、何年も昔のものであったとしても給与の3か月分最優遇されるのです。

退職金は劣化しないのです。

(3)ケース1の場合(破産手続の開始決定の日がボーナスの支給日より後)

ケース1の会社は、平成28年8月1日に破産手続開始決定を受けているので、破産手続開始前3か月間である平成28年5月1日から平成28年7月31日までの間に発生したボーナスは、財団債権として取り扱うことになります。

そのため、平成28年6月20日に支給するボーナスは、同日に発生しており、破産手続開始決定前3か月前に生じた給料の請求権に該当するので、財団債権として優先的に取り扱うことになります。

(4)退職金を相殺してはいけないのか

それでは、退職金を支払う必要がある場合、従業員への貸付金等の従業員に対する債権と退職金とを相殺することはできるのでしょうか。

この点、労働基準法は、労働者の生活を保護するため、使用者は労働者に遅対して「賃金は・・・支払わなければならない」としており、これは賃金の全額払わなければならないという原則(「賃金の全額払い原則」)を定めたものと考えられています。

裁判でも、この賃金の全額払いの原則を重視し、使用者が労働者に対して持っている貸付金等の債権と、労働者が使用者に対して持っている賃金債権を相殺することは、賃金全額払いの原則に反し、許されないと考えられています。

退職金についても、労働の対価といえることが多く「賃金」に該当するのが通常なので、貸付金等の労働者に対する債権と未払い退職金とを相殺することは許されないでしょう。

もっとも、従業員が自ら、退職金と貸付金を相殺することは許されるとされています。

また、従業員の完全に自由な意思に基づく合意があれば、貸付金と退職金とを相殺することは許されると考えられています。

(5)ケース1の場合はどうなるか?

上記のとおり、未払い退職金は100万円、退職前3か月の収入合計は120万円、従業員Aへの貸付金は100万円です。

まず、4年前に退職した従業員ということで、まだ5年経っていないため、未払い退職金が時効で消えることにはありません。

そして、退職前3か月の収入合計に該当する120万円以内の退職金は財団債権として最優遇されることになります。

未払いの退職金は、100万円ということで120万円以内ですので、100万円全額が財団債権として最優遇されることになり、配当手続という厳格な手続によることなく、会社に財産があれば最優先で100万円が支払われる可能性があります。

貸付金100万円と退職金100万円との相殺は、Aさん自らが望んだか、会社がAの自由な意思に基づく合意のもとで会社とAさんが相殺した場合を除き、相殺することはできないことになります。