口の後遺障害
自賠法施行令の後遺障害等級表上に定められている口の後遺障害に関する基準には、「咀嚼障害」、「言語機能障害」そして「歯牙障害」の3つがあります。
このほか、「嚥下障害」や「味覚障害」がありますが、これらは等級表上に定めのない「相当等級」という内容により後遺障害等級の認定を受けることができます。
この「相当等級」とは、等級表上に定められた各後遺障害に該当しなくとも、後遺障害に相当すると考えられる場合に認められる等級です。
味覚障害には、「味覚脱失」が生じている場合に認められる「12級相当」と、「味覚減退」が生じている場合に認められる「14級相当」の2つの基準があり、嚥下障害には、嚥下機能が全く失われている場合に認められる「3級相当」、嚥下機能に著しい障害が生じている場合に認められる「6級相当」、嚥下機能に単なる障害を残す場合に認められる「10級相当」の3つの基準がそれぞれあります。
1.咀嚼及び言語機能障害
1.咀嚼及び言語機能障害の認定基準
等級 | 後遺障害 |
---|---|
第1級2号 | 咀嚼及び言語の機能を廃したもの |
第3級2号 | 咀嚼又は言語の機能を廃したもの |
第4級2号 | 咀嚼及び言語の機能著しい障害を残すもの |
第6級2号 | 咀嚼又は言語の機能に著しい障害を残すもの |
第9級6号 | 咀嚼及び言語の機能に障害を残すもの |
第10級3号 | 咀嚼又は言語の機能に障害を残すもの |
咀嚼及び言語機能障害の判断基準
咀嚼機能障害
咀嚼機能とは食べ物をかみ砕く機能です。
咀嚼機能の障害は、XP線、MRIやCT等の画像で、上下咬合(噛み合わせ)や排列、下顎の開閉運動等の異常所見が認められ、それが「そしゃく状況報告表」に記載されている内容と整合性があるかによって判断されます。
「そしゃく状況報告表」とは、現在の咀嚼状況に関する書面です。ごはんやたくあん、こんにゃく等の24項目の食物が記載されています。作成の際は、これらの食物を被害者に摂食してもらい、「容易に食べられるもの」「何とか食べられるもの」[食べられないもの]「食べたことがないもの」のいずれにあたるかを記入していきます。そしゃく状況報告表の記載は、医師である必要はありません。被害者やその家族等が作成することができます。
<咀嚼機能を廃したもの>
流動食以外は摂取できない状態をいいます。
<咀嚼機能に著しい障害を残すもの>
粥食又はこれに準ずる程度の飲食物以外は摂取できない状態をいいます。
<咀嚼機能に障害を残すもの>
次のいずれかの状態があり、その状態が医学的に確認できる場合をいいます。医学的に確認できる場合とは、不正咬合、顎関節障害、開口障害や歯牙損傷(補綴ができないもの)等、咀嚼できない原因が医学的に確認できることを指します。
Ⅰ 固形食物の中に咀嚼できないものがあること
Ⅱ 固形食物の中に咀嚼が十分にできないものがあること
例としては、ごはん、煮魚、ハムなどは咀嚼できるけれども、たくあん、らっきょう、ピーナッツ等の一定の固さのある食べ物の中に咀嚼できないものがある、もしくは十分に咀嚼できないものがある場合がこれに該当します。
言語機能障害
私達は複数の語音を一定の序列に連結し、それに特殊な意味を付加することにより、コミュニケーションをはかっています。この語音を複数連結することを「綴音(ていおん)」といいます。語音には母音と子音があり、母音は声の音であり、単独で持続して発することができますが、子音は母音とあわせて初めて声に出すことができます。
子音は以下の4種類に分類され、これらの子音のいずれか又は複数を発することができない場合は、言語機能障害があると判断されます。
ま行音 ぱ行音 ば行音 わ行音 「ふ」
な行音 た行音 だ行音 ら行音 さ行音 「しゅ」 「し」 ざ行音 「じゅ」③口蓋音
か行音 が行音 や行音 「ひ」 「にゅ」 「ぎゅ」 「ん」④喉頭音
は行音
4種の語音のうち、3種以上が発音不能のものをいいます。<言語機能に著しい障害を残すもの>
以下のいずれかにあてはまる場合をいいます。
Ⅰ 4種の語音のうち2種の発音不能のもの
Ⅱ 綴音機能に障害があるため、言語のみを用いては意思疎通することができないもの
<言語機能に障害を残すもの>
4種の語音の内、1種が発音不能のものをいいます。
嚥下機能障害
相当等級 | 後遺障害 |
---|---|
3級相当 | 嚥下機能を廃したもの |
6級相当 | 嚥下機能に著しい障害を残すもの |
10級相当 | 嚥下機能に障害を残すもの |
2.歯牙障害
歯牙障害の認定基準
等級 | 後遺障害 |
---|---|
第10級4号 | 14歯以上に対し歯科補綴を加えたもの |
第11級4号 | 10歯以上に対し歯科補綴を加えたもの |
第12級3号 | 7歯以上に対し歯科補綴を加えたもの |
第13級4号 | 5歯以上に対し歯科補綴を加えたもの |
第14級2号 | 3歯以上に対し歯科補綴を加えたもの |
<歯科補綴(しかほてつ)を加えたもの>
「歯科補綴を加えたもの」とは、現実に喪失又は著しく欠損した歯牙に対する補綴をいいます。「著しく」とは、歯冠部(見えている部分)の4分の3以上を欠損していることをいいます。
なお、交通事故で現実に喪失、欠損した歯牙だけではなく、歯科技工上必要とされ削った歯の欠損が歯冠部の4分の3以上となった場合は、その歯についても判断の対象となります。
歯牙障害における逸失利益
逸失利益とは、後遺障害を負ったことにより将来に亘って失う利益の事です。労働能力喪失率と労働能力喪失期間に応じて算出します。労働能力喪失率は14級においては5%、12級においては14%というように、等級に応じた低下率が定められています。
後遺障害の等級が認定されたとしても、外貌醜状やこの歯牙障害のケースでは、保険会社から逸失利益は生じていないと主張して争われることがあります。
裁判所では、歯牙障害の場合、逸失利益を正面から認めるのではなく、後遺障害慰謝料を増額するという判断をしているケースがみられます。
ただし、歯牙障害は生活上の不便だけでなく、相当の精神的苦痛が生じます。また、歯科補綴は耐用年数が証明できないため、考え方によっては一時的な対症療法に過ぎないといえます。将来歯の痛みがひどくなり、治療が必要になる、痛みにより業務に集中できなくなるという可能性はあります。
このように歯牙障害により適切な賠償を求める場合には、上記のような点を医師の見解や本人の具体的な事情を元に慎重に主張立証していくことが重要になるといえます。
咀嚼又は言語機能障害と歯牙障害の両方が生じた場合
交通事故により生じた障害が、咀嚼及び言語機能障害の後遺障害認定基準に該当する場合で、なおかつ歯牙障害の認定基準にも該当する障害が生じている場合は、その咀嚼機能(言語機能)の障害が何を原因として生じているかで等級が変わることになります。
・歯牙障害を原因として生じている場合
歯科補綴を行った後、その歯牙障害が原因となって咀嚼機能(言語機能)障害が生じているケースがこれにあてはまります。この場合は、各後遺障害等級のうち、上位の等級が認定されることになります。
・歯牙障害以外を原因として生じている場合
この場合は2つの後遺障害が生じているものとして「併合」という処理を行います。併合とは、複数の後遺障害がある場合に、それぞれの等級の中で、一番重い等級を1~3級繰り上げ、複数の後遺障害に対する等級とすることです。つまり、複数後遺障害が生じていても、認定される等級は1つとなります。
3.味覚障害
交通事故により味覚障害が生じるというとあまりピンとこない方もいるでしょう。もちろん舌そのものを損傷したことにより味覚障害が生じることもありますが、頭部外傷を原因として生じるケースが多いです。
味覚障害の認定基準
相当等級 | 後遺障害 |
---|---|
12級相当 | 味覚脱失が認められるもの |
14級相当 | 味覚減退が認められるもの |
味覚障害は「濾紙ディスク法」という検査により検証します。
濾紙ディスク法とは、味覚の感じ方の程度を調べる検査です。
「甘味」「塩味」「酸味」「苦味」の4種類の味の溶液を複数の濃度で用意し、それぞれの溶液に浸した濾紙を被験者の舌の測定部位に数秒置いて、感じた味について回答してもらいます。
この検査は耳鼻咽喉科で受けることができます。
<味覚脱失>
基本4味質(甘味、塩味、酸味、苦味の4種)のすべてが認知できない場合は、味覚脱失と判断されることになります。
濾紙ディスク法の最高濃度の溶液による検査すべてを認知できない状態がこれに該当します。
<味覚減退>
基本4味質のうち、1味質以上を認知できない場合は、味覚減退が生じていると判断されることになります。
濾紙ディスク法の最高濃度の溶液による検査で、1味質以上を認知できない状態がこれに該当します。