胸部の後遺障害
2022.01.25

胸部の後遺障害が認められる部位には、肺、肋膜、横隔膜等の呼吸器系の内臓と、心臓や心嚢等の循環器系の内臓があります。

1.呼吸器系の後遺障害

交通事故による怪我により呼吸器系に後遺障害が生じた場合、息切れ、呼吸困難(呼吸不全)などの症状や、心肺機能の低下による運動能力の低下が現れます。

呼吸器系の後遺障害認定基準

(別表第1)

等級 後遺障害
第1級2号 胸腹部臓器の機能に著しい障害を残し、常に介護を要するもの
第2級2号 胸腹部臓器の機能に著しい障害を残し、随時介護を要するもの

(別表第2)

第3級4号 胸腹部臓器の機能に著しい障害を残し、
終身労務に服することができないもの
第5級3号 胸腹部臓器の機能に著しい障害を残し、
特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの
第7級5号 胸腹部臓器の機能に著しい障害を残し、
軽易な労務以外の労務に服することができないもの
第9級11号 胸腹部臓器の機能に障害を残し、
服することができる労務が相当程度に制限されるもの
第11級10号 胸腹部臓器の機能に障害を残し、
労務の遂行に相当な程度の支障があるもの

呼吸器系の後遺障害等級認定基準

肺には、2つの機能があります。ひとつは気管を通じて入ってきた空気を出し入れする換気機能、もうひとつは酸素と炭酸ガスを血液中でやり取りする呼吸機能です。
自賠責保険に後遺障害認定申請を行う場合、呼吸器系の後遺障害の認定は、3種類の測定結果を元に判断します。
換気機能を検査する場合は「肺機能検査」、呼吸機能を検査する場合は「動脈血ガス分析」を行い、この2種の検査を行っても立証ができない場合は「運動負荷試験」を行います。
原則としては「動脈血ガス分析」の検査結果によって後遺障害等級の認定を行いますが、これによる判定が「肺機能検査」と「運動負荷試験」の検査結果をもとに認定した後遺障害等級よりも低い等級となる場合は、肺機能検査又は運動負荷試験の検査結果をもとに後遺障害等級認定を行います。

①動脈血ガス分析

動脈血ガス分析の検査には、血液ガス自動分析装置という検査機械を使用します。動脈から採取した血液を10分以内に血液ガス自動分析装置にかけて分析を行います。
動脈の血液は、主に手首の橈骨動脈や腕の上腕動脈などから採取することが多いです。

動脈血ガス分析では様々な血液ガスの濃度や分圧、飽和度等を調査することができますが、自賠責保険に後遺障害認定申請をする際に使用するデータは、「PaO2(酸素分圧)」と「PaCO2(炭酸ガス分圧、二酸化炭素分圧)」の2種類です。
酸素分圧及び炭酸ガス分圧はTorr(トル)という単位が用いられます。 健常な人の場合、酸素分圧は80~100Torr、炭酸ガス分圧は37~43Torr程度だと考えられています。この2つの分圧のいずれか片方、もしくは両方に異常が見られる場合は、その程度に応じて、後遺障害等級が認定されることになります。各検査数値ごとに該当する等級を表にすると以下のようになります。

酸素分圧 炭酸ガス分圧
限界値範囲内(37Torr~43Torr) 限界値範囲外
50Torr 以下 3級(要介護の場合は1、2級) 3級(要介護の場合は1、2級)
50Torr ~ 60Torr 5級 3級(要介護の場合は1、2級)
60Torr ~ 70Torr 9級 7級
70Torr 以上 11級

②肺機能検査

肺機能検査は、肺の換気機能を調べる検査です。スパイロメーターという計測器を使用します。
検査の際は、鼻をノーズクリップで止め、呼吸管を接続したマウスピースを口にくわえて息を吸ったり吐いたりする動作を複数種類行います。検査の所要時間は10分程度で、痛みや苦痛は全くありません。
スパイロメーターによる検査では、複数項目の肺機能に関するデータを測ることができますが、自賠責保険に後遺障害認定申請を行う場合に使用するデータは「%肺活量」と「%1秒量」の2つです。%肺活量とは、実測肺活量が、年齢、性別、身長、体重等から算出された予測肺活量(基準値)の何%に値するかを比較するものです。%1秒量は、努力性肺活量(大きく吸った全部の息を一度に強く吐き出す時の肺活量のことをいいます)のうち、最初の1秒間に吐き出された空気の量がどのくらいの比率になるかを調べる検査です。
健常な人の場合、%肺活量は80%以上、1秒量は70%以上だと考えられています。
肺機能検査による後遺障害の等級認定は、この2つの検査数値の他、呼吸困難の程度に応じて等級が認定されることになります。
呼吸困難の程度の基準は以下の3段階に分かれます。

<高度>
呼吸困難のため、連続して概ね100メートル以上歩けない場合
<中等度>
呼吸困難のため、平地でさえ健常者と同様には歩けないが、自身のペースでなら1キロメートル程度の歩行が可能である場合
<軽度>
呼吸困難のため、健常者と同様には階段の昇降ができないもの

後遺障害等級は、スパイロメーターによる検査値と呼吸困難の程度を組み合わせて以下のような基準に基づいて認定されます。

測定値 呼吸困難程度
高度 中等度 軽度
%1秒量 35以下
又は
%肺活量 40以下
3級
(要介護は1、2級)
7級 11級
%1秒量 35~55
又は
%肺活量 40~60
7級 7級 11級
%1秒量 55~77
又は
%肺活量 60~80
11級 11級 11級

③運動負荷試験

上記2種の検査で立証できないものの、呼吸機能の低下による呼吸困難が認められる場合は、運動負荷試験を行います。運動負荷試験とは被験者の心肺機能の異常とその程度を把握し、どの程度までの運動であれば安全に行うことができるのかを評価するための試験です。この検査の結果から明らかな呼吸機能の障害があると認められる場合は、第11級10号が認定されることになります。

2.循環器系の後遺障害

自賠法施行令に定められている後遺障害認定基準上で、循環器系の後遺障害は、心肺機能の低下により身体活動が制限された場合、ペースメーカ等の医療機器を使用する必要性が生じた場合、心臓の弁を置換した場合、大動脈解離を残った場合の5つがあり、それぞれ程度に応じて後遺障害等級が認定されることになります。

循環器系の後遺障害認定基準

等級 後遺障害
第7級5号 胸腹部臓器の機能に著しい障害を残し、
軽易な労務以外の労務に服することができないもの
第9級11号 胸腹部臓器の機能に障害を残し、
服することができる労務が相当程度に制限されるもの
第11級10号 胸腹部臓器の機能に障害を残し、
労務の遂行に相当な程度の支障があるもの
第13級11号 胸腹部臓器の機能に障害を残すもの

循環器系の後遺障害判断基準

①心肺機能が低下したもの

循環器系の後遺障害認定は、身体活動や身体運動の強度を表す単位「METs」を用いて判断します。METsは安静にしている時を1METsとした場合、それぞれ身体活動がその何倍のエネルギーを消費するかの強度を示しています。 後遺障害認定基準上では、6METsを超える身体活動が制限される場合は9等級、8METsを超える身体活動が制限される場合は11等級がそれぞれ認定されることになります。 散歩等の軽い歩行や階段の昇降は3METs、家財道具の移動や10分以下のジョギングは6METs、重い荷物の運搬やランニング、水泳等は8METsといわれています。
第9級11号  概ね6METsを超える強度の身体活動が制限されるもの
第11級10号  概ね8METsを超える強度の身体活動が制限されるもの

②除細動器又はペースメーカを植え込んだもの

第7級5号  除細動器を植え込んだもの
第9級11号  ペースメーカを植え込んだもの

ペースメーカと除細動器

ペースメーカには、心臓の興奮を感知する機能と、必要に応じて歩調をとるペーシング機能が備わっています。
ペースメーカを埋め込んだ場合、基本的には通常の生活とまったく変わらない生活を送ることができますが、強い電磁波にさらされるのを避ける必要があるのと、腕に強い加重がかかる動作やスポーツは控える必要があります。
このほか、作動状況確認のため、3~6ヶ月ごとに医療機関で受診する必要があります。また、ペースメーカの内臓電池は、だいたい4~8年で寿命がきますので、定期的に交換手術を行う必要があります。

除細動器には、ペースメーカとしてのペーシング機能と、ペーシング機能では対応できない症状に対応するための電気ショック機能を備えています。
電気ショック機能が働いた場合、痛みの程度には個人差がありますが、胸を蹴られたような痛みが生じます。
除細動器を埋め込んだ後の日常生活においてはペースメーカの場合と同様に、強い電磁波にさらされることを避ける必要があります。
また、車やバイクの運転は制限される場合があります。私的な運転については、程度によっては許可されることもありますが、運転を生業とする職業につくことはできなくなります。
このほか、ペースメーカ同様、3~6ヶ月ごとに作動状況確認のために医療機関で受診する必要があります。除細動器の寿命はショックの頻度によって変わりますが概ね4~5年程度です。定期的に交換手術が必要となります。

③心臓の弁を置換したもの

人工心臓弁には機械によって作られた機械弁と、牛やブタの心膜等の生体由来の素材で作られた生体弁があります。機械弁は使用者の年齢に関わらず優れた耐久性を示していますが、
継続的に抗凝血薬療法を行う必要があります。抗凝血薬療法は胎児への影響が懸念されるため、出産を希望する女性には不向きです。
一方、生体弁は耐久性が10年~15年程度と考えられていて、定期的に置換手術を行う必要がありますが、置換手術から半年以降は、抗凝血薬療法を行わなくてもいいケースが多いです。これらの2つの人工心臓弁は患者本人の状態や希望に応じて使い分けられています。
第9級11号  房室弁又は大動脈弁を置換し、継続的に抗凝血薬療法を行うもの
第11級10号  房室弁又は大動脈弁を置換し、抗凝血薬療法を行わないもの

④ 大動脈解離を残すもの

11級  大動脈に偽腔開存型の解離を残すもの