システム・ソフトウェア開発契約におけるトラブル事例とリスク対策

システム・ソフトウェア開発契約は、契約後の仕様変更や納品後の不具合が必ずといってもよいほど生じる契約類型であることや、契約段階でユーザー側の要望がベンダーに明確に伝わっていないことが多々あることなど、トラブルが生じやすい契約といえます。

そこで、よくあるトラブル事例を参考に、どのようにすればトラブルを事前に回避できるかをご紹介します。

よくあるトラブル事例

(1)契約成立前の着手(東京地判H17.03.28)

契約書を交わす前に、ベンダーが作業に有償の作業に着手してしまったものの、ユーザーは社内稟議が通らず、結局、システム導入が延期された。

ベンダーは、キックミーティングの議事録にユーザーが押印していることなどを根拠に契約は成立していたと主張して、それまでに掛かった費用を請求。

ユーザーは、交渉段階にあったに過ぎず、契約は成立していないし、ベンダーが勝手に着手していたのであって費用の支払いを拒否。

このトラブルは、契約を締結する前にベンダーがユーザーの意思も確認せず、先走って作業に着手していたことから生じたトラブルです。

しかし、ベンダーとしては、契約を詰めていると納期を逃してしまうことや、ユーザーが別のベンダーに乗り換える隙を与えてしまうことを避けたいがために、契約書を交わさないうちに作業に着手してしまうことがあるのが実情です。

リスク対策

契約書はしっかり書面で交わしてから有償作業に着手する必要があります。

交渉段階でキックオフミーティングなどを経ていたとしても、契約書が無い限り、訴訟の場で契約が成立したと判断されることはほとんどありません。

(2)契約成立前の着手②(東京地判H28.10.03)

ベンダーは、ユーザーからシステム開発の依頼を受け、作業を進めたとして、報酬を請求した。

裁判所は、報酬金額の合意のないまま見積書記載の作業について、ユーザーからベンダーに対して委託があったと認め、ユーザーからベンダーに対して、請求額の約6割の報酬を支払うよう命じた。

リスク対策

本件では、ユーザーの作業内容は、「商人がその営業の範囲内において、他人のためにした行為」(商法512条)にあたるとして、例外的に、ユーザーと契約関係にないベンダーの報酬請求が認められました。

契約成立前の有償作業への着手による報酬請求が認められることは稀なので、本件は非常に特殊な例といえます。

このように実現可能性に乏しい、契約成立前の有償作業への着手による報酬請求をせざるを得ない事態に陥らないよう、基本合意書の締結など、契約を段階的に区切り、早期に契約関係を構築するよう努める必要があります。

(3)請負か準委任か(東京地判H3.02.22)

あるプログラム開発契約に基づく開発が、中途で開発不能となり頓挫し、ユーザーが債務不履行を理由に解除した。

ベンダーは、ユーザーとの間で交わしたソフトウェア開発契約は準委任契約だとして、作業分の報酬をユーザーに請求。

しかし、ユーザーは、請負契約であり、プログラムは未完成である以上、報酬は払えないと反論。

このトラブルは、契約段階で、請負なのか準委任なのかを明確していなかったことが原因です。

請負であれば報酬請求には仕事の完成が必要となるが、準委任だと仕事の完成は要件ではありません。

リスク対策

契約書に、請負なのか準委任なのかを明記しておくのが良いです。

但し、訴訟になれば、契約書上の文言から形式的に判断されることはなく、契約内容の実質面から判断されます。

契約段階から、この区別を意識しておく必要があります。

また、工程ごとに契約類型は使い分けるのがポイントです。

(4)工数増加分の費用負担(東京地判H7.06.12)

システム開発の下請業者が、契約当初の工数より大幅な工数の増加が伴ったとして、増加分の費用を元請業者に請求。

しかし、元請業者は、契約締結時に工数について保証した事実はないし、委託の内容は、システムの完成であってそれに伴う工数の増加リスクは下請業者側が負うべきであるとして反論。

このトラブルは、下請業者の見積りの精度不足や、費用増加が生じた際の対処について、契約上に何らの取り決めもされていなかったことが原因です。

リスク対策

契約書上、その報酬額で何をどこまで行うのか、委託の業務の範囲を明確にしておくのが良いでしょう。

しかし、それだけではなく、実際に費用負担が生じることが見込まれた際の変更管理手続についての定めも設けておく必要があります。

なぜならば、結局費用負担が生じたときにトラブルとなってしまうという状況を避ける必要があるからです。

(5)システムは完成したか(東京地判H14.04.22)

ベンダーが、システムを開発し、納品後の検収を経たことから、仕事を完成させたとしてユーザーに代金を請求。

しかし、ユーザーは、処理速度が遅いなどの重大な不具合が多く、仕事を完成させたとはいえないし、使い物にもならないので解除するといって支払いに応じなかった。

このトラブルは、完成の要件について曖昧であったことや、開発過程で当事者間の協議がなかったことなどが原因です。

リスク対策

契約書上、その報酬額で何をどこまで行うのか、委託の業務の範囲を明確にしておくのが良いでしょう。

しかし、それだけではなく、実際に費用負担が生じることが見込まれた際の変更管理手続についての定めも設けておく必要があります。

なぜならば、結局費用負担が生じたときにトラブルとなってしまうという状況を避ける必要があるからです。

(6)プロジェクトマネジメント義務違反(東京地判H28.04.28)

ベンダーとユーザーは、ソフトウェアを利用して企業グループ全体の財務、人事、生産、調達及び販売等の主要業務を一元管理する新システムを開発、構築する業務委託契約を締結したものの、その後、同契約の履行は遅延し、ユーザーはこれを中止した。

ユーザーは、ベンダーにプロジェクトマネジメント義務違反があるとして、損害賠償請求を求めた。

裁判所は、本件業務委託契約の付随義務として、ベンダーは自らが提示した開発手順や開発手法、作業工程等に従って自らなすべき作業を進めるとともに、常に本件プロジェクト全体の進捗状況を把握し、開発作業を阻害する要因の発見に努め、これに適切に対処すべき義務を負うとした。

その上で、ベンダーは、ユーザーに対する注意喚起、進言すべき義務を怠ったとして、ユーザーが請求する賠償額の3割を認めた。

リスク対策

プロジェクトマネジメント義務のひとつに、本件で示される、「ベンダーは自らが提示した開発手順や開発手法、作業工程等に従って自らなすべき作業を進めるとともに、常に本件プロジェクト全体の進捗状況を把握し、開発作業を阻害する要因の発見に努め、これに適切に対処すべき義務」があります。

どのような作業を履行するかは、専門的な知識を有するベンダーにかかっていますので、各フェーズにおいて、ベンダーは誠実にユーザーの声に耳を傾ける必要があります。

上記義務の履行にあたっては、ベンダー会社内の連絡系統の整備が大変重要です。

本件も、ベンダー内の連絡系統の不備により、新システムの問題発見が遅れる結果となりました。

ベンダー会社内においては、従業員間の連絡系統等、業務体制の整備が必要です。

(7)下請法による保護(東京地判H28.10.14)

ベンダーは、ユーザーとゲーム開発にあたって、画像作成等の作業を請負う契約を結んだ。

しかし、請負代金の未払いが発生したことから、ベンダーはユーザーに対し、未払請負代金の請求をした。裁判所は、ベンダーのした支援業務は、複数の案件を並行して行い、それなりの重要な役割を担っていたことを踏まえ、100万円の報酬支払の合意が存在したと認めた。

裁判所は、ベンダーとユーザーとの契約関係について、(下請)法2条3項の「情報成果物作成委託」にあたり、ユーザーは資本金1000万円を超える法人たる事業者であるから、ベンダーは(下請)法2条8項の「下請事業者」にあたるというべきであるとして、ベンダーがユーザーに対し、最後に請求書を送付した日までには「給付の受領」ないし「役務の提供」があったと推認して、遅延利息の発生を認めた。

リスク対策

本件で、裁判所が判断するとおり、ユーザーは資本金1000万円を超える法人であることから、下請法の適用があるものとされました。

下請法は下請代金の支払遅延防止等、下請事業者の保護を図っています。

ソフトウェアの開発委託契約においては、事業規模の点で、ベンダーがユーザーに劣る場合がほとんどです。

そのため、ベンダー側は、ユーザーからの発注の際に、契約事項の確認、下請代金の支払時期、支払方法、金額の確認、折衝が必要となりますし、ユーザー側は、下請法の適用と理解に努める必要があります。

(8)黙示の合意(東京地判H28.06.17)

ベンダーとユーザーは、ソフトウェア制作に係る基本契約を締結した。ベンダーはユーザーに対し、業務委託報酬等の支払を求めた。

裁判所は、ユーザーはベンダーの助力を得ながらシステム開発契約等の準備を進め、システム開発に必要なミドルウェア、サーバの選定や技術文書の作成などの業務の対価を支払い、翌月も引き続きベンダーに同様の業務を行ってもらっていたとして、黙示の合意が成立しているとして、業務委託料の請求を認めた。

リスク対策

本件は、ベンダーとユーザー間で、ソフトウェア制作に係る基本契約を締結したものの、各作業内容について、個別に業務委託報酬の取り決めを行わずに、制作が進んだ事例です。

基本契約締結後、現実に制作が進む過程で、ベンダーとユーザーの信頼関係が構築されていくことで、個別契約がおろそかになることはしばしばあります。

本件は、裁判所が黙示の合意を認めたことで、個別契約がなくとも各作業の業務委託料の発生を認めましたが、このような判断は稀です。

個別契約を段階的に締結しながら制作を進めていけば、このような紛争に陥ることはありませんので、ベンダー側もユーザー側も注意が必要です。