裁判例
Precedent
事案の概要
X(原告:60歳女性)は,双方一時停止規制のない丁字路交差点を自転車に搭乗して直進進行中,左方道路から左折進入してきたY乗用車に衝突された。
Xは本件事故により,頸椎捻挫,腰部打撲,右肩腱板断裂等の傷害を負い,自賠責保険では後遺障害等級14級が認定された。
<主な争点>
①本件事故と右肩腱板断裂の因果関係
②Xの被った損害額
<主張及び認定>
主張 | 認定 | |
---|---|---|
治療費関係 | 184万9349円 | 7万7161円 |
入院料 | 48万8499円 | 0円 |
通院交通費 | 11万8010円 | 2万0060円 |
入院雑費 | 20万2400円 | 0円 |
休業損害 | 306万6600円 | 0円 |
傷害慰謝料 | 143万3124円 | 100万0000円 |
逸失利益 | 100万8170円 | 100万8170円 |
後遺障害慰謝料 | 40万0000円 | 40万0000円 |
過失相殺 | 10% | |
損益相殺 | 190万9790円 | 195万0000円 |
弁護士費用 | 67万0000円 | 0円 |
合計 | 732万6362円 | 30万4851円 |
<判断のポイント>
事故によって生じた傷害に対する治療費や後遺障害逸失利益などの損害を請求するためには,その事故と傷害結果との間に「因果関係」が認められる必要があります。すなわち,その事故が原因でその傷害が生じてしまったことをこちらが立証しなければなりません。
そして,因果関係の有無は,被害車両の状態や医師の診断書などから,裁判所が客観的に判断します。
本件においてXは,右肩腱板断裂は本件事故によるものであると主張していましたが,裁判所は以下のように判示して,本件事故と右肩腱板断裂との因果関係を否定しました。
①中年以降になると腱板は退行変化を起こし,損傷しやすくなるため,肩腱板損傷は,40歳以上に起こりやすく,腱板に好発するとされているところ,Xは右肩関節脱臼当時62歳であり,腱板が断裂している。
②肩関節は,高く手を挙げる程度でも脱臼することがある上,肩の脱臼の合併症として,特に壮年から高齢者においては腱板断裂が挙げられており,また,肩腱板の断裂や損傷は,高齢者ならば通常の生活をしても起こることがあるところ,A医師は,Xに肩関節の脱臼とともに腱板の断裂が起きた可能性はあり,これを否定する根拠はない旨供述している。
③他方,腱板の状態を判断するためにはMRI検査が不可欠であり,A病院にはMRI検査機械が備え付けられていたので,必要があればMRI検査を実施することは容易であったが,B医師は,Xを本件事故直後及びその後約3か月間診察している間に,肩関節自動挙上不能や挙上時の脱力,筋力低下等の腱板断裂・損傷を疑うような主訴や症状等がなかったことから,同検査をする必要性がないものと判断して,検査を実施しなかった。
④腱板の状態を検査するMRI検査が肩脱臼後まで実施されていないため,本件事故当時の腱板の状況を明らかにする客観的資料はない。
以上の事実を総合考慮すれば,Xの右肩腱板断裂や損傷が,本件事故によって生じたものとは認められない。
また,Xの治療費の範囲については,「本件事故により,頸椎捻挫,腰部・臀部打撲の傷害を負い,連日のようにA病院を受診してリハビリを受けていたところ,右肩脱臼が判明した日までの治療費等は,すべて相当因果関係の範囲内の損害と認めるが,それ以降の通院及び入院治療は,本件事故と相当因果関係が認められない右肩脱臼,腱板断裂に対するものであるから,相当因果関係がない」としました。
まとめ
本件では,Xの右肩腱板断裂は,本件交通事故によるものとは客観的に認められないとして因果関係を否定しています。
そして,本件において重要なのは上記③,④の記載です。
この裁判例は,「腱板の状態を判断するためにはMRI検査が不可欠」であると述べています。
MRI検査(他の検査についても同様のことが言えます)が,事故があった日に近ければ近いほど,判明した傷害が事故によって生じたものと立証しやすくなります。しかし,本件では,本人からの訴えや明確な症状がなかったため,早い段階でのMRI検査がなされませんでした。
上記でも述べましたが,傷害結果が生じたことはその事故が原因であるということを,被害車両の状態や医師の診断書などからこちらが立証し,それを裁判所が客観的に判断することになります。
そして,本件事故当時,腱板がどのような状態であったかを判断する客観的な資料がなく,さらには,高齢者においては,通常の生活をしていても,関節の脱臼や腱板の断裂が起こることがあるという認定をしたことで,他の原因によって生じた可能性があると判断されてしまいました。
このように,傷害が事故によって生じたと言うためには,客観的な資料が必要となります。
本件でも,事故直後にMRI検査を受けていれば違う結果となったかもしれません。
しかし,事故直後に適切な対応をすることは,なかなかできるものではありません。
適切な賠償額を得るためにも,医者だけではなく,通院や治療方法についても弁護士にぜひ相談してください。