裁判例
Precedent
事案の概要
タクシー運転手が業務としてタクシーを運転中に急ブレーキをかけたため、後部座席の乗客Xが、運転席の後ろに腕や体をぶつけて傷害を負ったとして、タクシー会社Yに対し損害賠償金の支払を求めた事案。
<主な争点>
①過失相殺
②Xの損害額
<主張及び認定>
主張 | 認定 | |
---|---|---|
治療費 | 45万4104円 | 45万4104円 |
交通費 | 10万9635円 | 3430円 |
休業損害 | 91万6594円 | 73万0820円 |
通院慰謝料 | 95万0000円 | 95万0000円 |
後遺障害慰謝料 | 110万0000円 | 110万0000円 |
逸失利益 | 77万0435円 | 48万1911円 |
弁護士費用 | 25万0000円 | 25万0000円 |
<判断のポイント>
(1)シートベルトを着用していなかった乗客に過失割合が認められるか?
タクシーやバスに乗ったとき、ついシートベルトをし忘れてしまうことってありますよね。
そうやってシートベルトをし忘れたタイミングで交通事故にあった場合、お客様側に過失割合が認められてしまうことがあります。
こうお話すると、「事故を起こしたのは運転手のせいなのに!」「自分は被害者なのに!」と憤慨される方も多いことと思います。
しかし、「過失割合」というのは、“事故が誰のせいか?”という問題ではなく、“発生した損害を誰がどのくらい負うべきか?”の問題なのです。
つまり、事故が運転手のせいだとしても、発生した損害の全部を運転手に負わせるのは公平でない場合があり、そのときに認められるのが「過失割合」なのです。
Xは、シートベルトを着用していなかったことは認めるけれど、
①運転手には乗客にシートベルトを着用させる義務があるのに、本件の運転手はXに対しシートベルトを着用するよう指示しなかった。
②後部座席の同乗者がシートベルトを装着することは一般化されているとはいえない。
③仮にシートベルトを着用しなかったことにつきXに落ち度が認められるとしても、Xがシートベルトを着用しなかったことによりXの損害が拡大したとはいえない。
だから、過失相殺はされるべきでないと主張しました。
これに対して、裁判所は、
①Yは乗客の目につきやすいY車両の後部座席ドア内側に「安全のためにシートベルトをおつけください」と記載されたステッカーを貼付することで装着を促したが、Xはシートベルトを装着しなかった。
②Y車両がタクシーというサービス業であることからすれば、乗客に対する装着指示の方法にはおのずと限界があるというべきであり、ステッカー貼付による指示も相当な方法とみることができる。
③Xは事故の約1か月前に運転免許を取得したばかりで後部座席のシートベルト装着義務も理解していたにもかかわらず、シートベルトを装着しなかった。
④急ブレーキによりシートベルトを装着していれば、急ブレーキにより腕や体が運転席にぶつかるようなことにはならなかったものと認められ、本件事故による原告の傷害も軽減された可能性が高い。
以上によれば、Xがシートベルトを装着しなかった点について1割の過失相殺をするべきと判断しました。
自動車を運転する人には、後部座席に乗車する人にシートベルトを装着させる義務があります(道路交通法71条の3第2項)。
これはあくまで運転する人に義務があるだけなので、後部座席に乗車する人に“シートベルトをする義務”があるわけではありません。
それでも、シートベルトをしなかったことで“損害が拡大した”場合=“シートベルトをしていればもっと損害は小さかったのに”という場合には、拡大した損害を全て運転する人に負わせるのは公平でないということになるのです。
(2)相当因果関係
本件では、Xの損害額(特に交通費、休業損害及び逸失利益)について、本件の事情を考慮して、裁判所が判断しています。
ア 交通費
Xは、後頚部の痛みや張りを訴えて病院を受診し、頚部の画像検査では、生理的前彎の消失以外に異常所見は見られず、医師からは頚椎捻挫との診断を受けました。
その後投薬や理学療法等の治療、MRI検査等を受けるため、自宅(大阪市)近くの病院と、自宅から60km離れているけれど実家(奈良県五條市)から近い病院とに通院していました。
そこで、Xは、自宅近くの病院で子供を同伴しての通院が拒まれたとして通院の際に子供を実家に預ける必要等があり、大阪市と奈良県五條市との往復交通費を含めた金額を請求しました。
これに対して裁判所は、自宅近くの病院で子供同伴の通院が拒まれたとは認められず、Xの通院パターンからすると、自宅から60km離れているけれど実家には近い病院への通院は、実家で生活することが目的の一部になっていたといえるとして、大阪市と奈良県五條市間の交通費を本件事故と相当因果関係のある損害と認めることができないと判断しました。
イ 休業損害
Xは専業主婦だったので、主婦労働に関して実通院日数につき100%の休業損害を請求しました。
これに対して、裁判所は、事故発生日から症状固定日までの期間や通院状況、後遺障害の程度内容によれば、実通院日数につき80%主婦労働ができなかったとして休業損害を算定するのが相当であると判断しました。
ウ 逸失利益
治療したもののXには後頚部痛の症状が残り、この症状に対して「局部に神経症状を残すもの」として14級9号の後遺障害認定がおりました。
そこで、Xは将来にわたって制限される労働能力について、Xは5年間5%制限されるとして請求しました。
これに対して、裁判所は、急ブレーキをかけただけの本件事故においては、追突等の接触事故に比べて、原告の身体に加わった力は比較的軽度であったと考えられることや原告の後遺障害の程度内容に照らして、Xの労働能力は3年間5パーセント減少したとして逸失利益を算定するのが相当であると判断しました。
相当因果関係とは、結局のところ“どこまでの損害を加害者に負わせるべきか?”という価値判断によって決まります。
最初にお話した「過失割合」が“事故による損害をどう分担するか?”という問題なのに対し、「相当因果関係」とは“そもそもどこまでを事故による損害と認めるべきか?”という問題なのです。
適切な賠償を得ていくためには、「過失割合」を考えるうえでも「相当因果関係」を考えるうえでも、法的なバランス感覚が非常に重要となってきます。
このバランス感覚が、法律に馴染みのない方にはなかなか掴みにくいところかと思います。
適切なバランス感覚をもった弊所の弁護士なら、きっとお力になれると思いますので、ぜひお気軽にご相談ください。