裁判例
Precedent
高次脳機能障害とは
高次脳機能障害が争われる場合には、被害者の精神症状が脳の器質的損傷に基づくものなのか、もっぱら精神的なものが原因なのか(非器質的)が問題となります。
そもそも高次脳機能障害とは、脳の器質的損傷(身体の組織そのものに生じた損傷のことをいいます)に基づいた精神症状をいい、精神的なものを原因とする場合、高次脳機能障害は認められません。
高次脳機能障害の症状は目に見えないため、医学的に証明することが難しいと言われています。
上記のとおり、器質的損傷に基づくものといえなければ高次脳機能障害は認められません。
しかし、意識障害もなく画像所見もはっきりしない被害者において、脳の器質的損傷による高次脳機能障害を認定し、約1億1000万円の支払いを命じた裁判例があります。
この裁判例において、被害者側はどのような立証をして、裁判所はどのような認定をして高次脳機能障害を認めたのか、説明したいと思います。
事案の概要
平成9年6月14日午前10時25分ころ、中学3年生女子X(原告)がシートベルトを装着し、A運転の車の後部座席に同乗中、赤信号交差点手前で停止していたところ、後方からY(被告)運転のトラックが追突し、Xはむち打ち症を負いました。
第一審(札幌地方裁判所)では、XのMRI等の画像から、頭部外傷を疑わせる形跡が見当たらなかったことを理由に高次脳機能障害を否定したため、これを不服としたXが控訴をしました。
<争点>
Xの後遺障害(高次脳機能障害)の有無
<請求額及び認定額>
主張 | 認定 | |
---|---|---|
治療費 | 92万6692円 | 92万6692円 |
通院交通費 | 7万7600円 | 7万7600円 |
通院慰謝料 | 198万円 | 190万円 |
後遺障害慰謝料 | 1990万円 | 1990万円 |
後遺障害による逸失利益 | 8986万1130円 | 8605万9619円 |
弁護士費用 | 1213万3683円 | 1000万円 |
既払い額 | ▲92万6692円 | ▲93万2292円 |
合計 | 1億2395万2413円 | 1億1793万1619円 |
<争点の具体的内容>
高次脳機能障害が認められるかどうかについては、日弁連交通事故相談センターが発行している「高次脳機能障害相談マニュアル」が用いられます。
そこでの判断基準は以下のとおりです。
1.交通事故による脳の損傷があること
2.一定期間の意識障害が継続したこと
3.一定の異常な傾向が生じること
本件においても、この判断基準が用いられましたが、Xが高次脳機能障害でないとする医師も、Xに精神症状があること自体は認めていたため、「3.一定の異常な傾向が生じること」については、大きな論争の対象にはなりませんでした。
結局、本件では、むち打ち程度の軽度の外傷で脳に器質的損傷が起こりうるかどうかということであり、上記1、2をどう判断するかが問題となりました。
<Xの主張>
Xは、①各種検査において高次脳機能障害を示す検査結果が示され、学業成績も大きく下降したこと、②Xの脳機能障害は本件事故以外に見当たらないこと、③画像検査や客観的なデータに基づく検査においても高次脳機能障害が認められる結果が出ていること、④鑑定結果は、「MRS検査が信頼できるとすると、責任病巣は前頭葉白質である」というものであったことを理由に、脳に器質的損傷が生じたと主張しました。
<Yの主張>
これに対して、Yは、脳の器質的損傷による高次脳機能障害は認められないと反論しました。
すなわち、①上記の3要素がいずれも基準を満たしていないこと、②本件事故による衝撃は軽微であり、意識障害が継続していた記載がなく、事故後の入試の試験結果でも記憶障害は認められないこと、③事故後の初期診療で脳機能障害が疑われていないこと、④Xの症状は心因反応であること、⑤各検査でもXが高次脳機能障害であることは証明されなかったことを理由に、脳に器質的損傷は生じていないと反論しました。
<裁判所の判断>
1.判断基準の有効性
裁判所は、まず、上記の3要素の判断基準の有効性について、以下のように言及しました。
⇒「2.一定の期間の意識障害が継続したこと」の要素については、意識障害を伴わない軽微な外傷でも高次脳機能障害が起きるかどうかについては見解が分かれており、これを短期間の意識消失でもより軽い軸索損傷は起こるとする文献がある。
外傷性による高次脳機能障害は、近時においてようやく社会的認識が定着しつつあるものであり、今後もその解明が期待される分野であることからすれば、「2.一定の期間の意識障害が継続したこと」の要素は、厳格に解する必要がないものといえる。
2.Xの高次脳機能障害の有無
そして、X及びYがそれぞれ提出した、合計6人の医師の意見について以下のように言及し、Xに後遺障害等級3級3号に相当する高次脳機能障害を認めました。
⇒本件が、高次脳機能の要素を充足しているかについては、医学的見地から十分な判断ができない状況にある。
そして、専門家の間でも、Xが高次脳機能障害であるとする見解(肯定説=3人)、条件付で高次脳機能障害がないとは言い切れないとする見解(条件付肯定説=2人)、高次脳機能障害ではないとする見解(否定説=1人(Z医師))に分かれており、Z医師の弁明は到底採用できないとされました。
これは、肯定説を呈した医師2人が、Z医師自身の論文で望ましいとされている鑑定方法を実施したところ、高次脳機能障害がないとはいえないとの結論が出されたため、Z医師の見解は信用されませんでした。
そして、本件で採用するに足りる専門家の意見は、肯定説と条件付肯定説となったとして、Xの頭部外傷による脳の器質的損傷による高次脳機能障害を認めました。
まとめ
本件では、X及びYの主張、多数の医学的文献、見解の異なる多数の医師の意見などを総合判断して高次脳機能障害が認められました。
この裁判例は、意識障害もなく画像所見もはっきりしない被害者において、脳の器質的損傷による高次脳機能障害を認定しており、その後の裁判でも、この札幌高裁の裁判例自体や、この裁判で提出された医学文献が提出されています。
高次脳機能障害は立証が困難と言われており、本件のように多数の医学的文献や多数の医師の意見が必要です。
また前提として、いくつもの検査を行う必要があります。
これらを個人で行うのはかなりの負担ですし、まず何をすればいいのかわからないことが多いと思います。
高次脳機能障害が認められるかどうかお困りの際には、是非当事務所にご相談いただければと思います。