裁判例

Precedent

交通事故
神経・精神
首・腰のむちうち(捻挫)
杜撰な鑑定は許さない【後遺障害なし】

事案の概要

X1、X2及びX3の3人は、X1運転の普通乗用車に乗車して赤信号停車中に、Yの運転する貨物自動車に後方から追突された。

Xらはいずれも頚椎捻挫等の傷害を負い、それぞれ9ヶ月~13ヶ月程度通院治療をした上でYに損害賠償請求に及んだ。

<主な争点>

Xらは本件事故によって怪我を負ったといえるか
怪我を負ったといえる場合、相当な治療期間といえるか

<主張及び認定>

X1の損害

主張 認定
治療費 52万5920円 52万5920円
通院交通費 13万7760円 0円
休業損害 191万3429円 0円
慰謝料 80万0000円 110万0000円(調整金含む)
弁護士費用 30万0000円 10万0000円

X2の損害

主張 認定
治療費 112万4730円 112万4730円
入院雑費 9万7300円 9万7300円
通院交通費 9万2640円 0円
休業損害 132万8000円 40万0000円
慰謝料 140万0000円 90万0000円
弁護士費用 40万0000円 25万0000円

X3の損害

主張 認定
治療費 17万9600円 17万9600円
通院交通費 7万4400円 0円
休業損害 108万5000円 0円
慰謝料 70万0000円 90万0000円(調整金含む)
弁護士費用 15万0000円 2万0000円

<判断のポイント>

本件訴訟では、Y側から本件事故の工学鑑定の結果が提出され、事故による受傷の事実が争われました。

工学鑑定とは、当該事故に関する資料から、事故の際の衝撃の大きさなどを計算し、乗員が傷害を負うかどうかにつき、意見を述べるものです。

本件事故については、交通事故証明書、実況見分調書、車両の写真や修理見積書等を鑑定資料としたうえで、追突時の衝撃は甚だ軽微なものであり、Xらが頚椎捻挫等の傷害を負うはずがないとの意見が提出されました。

もっとも、この鑑定結果について裁判所は「到底信を措くことはできないものと考える」とし、信用しませんでした。

裁判所はまず、鑑定書の結論を信用することができるためには、
①判断の前提となる事故状況等の基礎資料が客観的な立場でできるだけ広く収集されること
②そのうえで、これらの資料を科学的かつ良心的な態度で分析されること
が必要だとしました。

そのうえで、①については、判断の前提となる事実が誤って把握されていることや、車両の損傷を写真によってしか確認していないこと等の点を指摘し、「全体として資料不足の感が強く残るものである」と判示しました。裁判所も、もちろん不可能を強いるものではありませんが、入手可能な情報や資料は可能な限り広く獲得せよということです。

本件で言えば、XらやYの刑事事件における供述調書や、事故車両の現物などの確認をした形跡がなく、これらに当たる努力も見られないことが、このような判断がされた理由と考えられます。

また、②については、本件鑑定が、事故車両の写真によれば変形や破損の程度が一見軽微に見えることを重視していたり、実際には8人程度も乗車していたY車両の重量を、Y1人が乗っていたものとして計算していたりといった点を指摘したうえで「本鑑定書は単に資料不足というにとどまらず、かなり杜撰なものとの印象を拭い難いのであって、ひいては『はじめに結論ありき』との感さえないとは言えず、その結論の公正さそのものが疑われてくるのである」と認定しています。

つまり、裁判所は本件鑑定書については、単に資料の収集が不足した不十分なものということではなく、はじめから受傷事実を認めないという結論を導き出すつもりで、そのための資料を収集し、恣意的な解釈をしたものであると感じたことになります。

工学鑑定は、様々な数式によって客観的な結論が出るような印象がありますが、その前提となる資料収集や、資料の意味づけ・解釈には鑑定をする人間の主観が入り込む余地があります。

そのような主観によって歪められた可能性のある鑑定書は信用できないというのが、本件裁判所の判断なのです。

<本件傷害の相当治療期間>

裁判所は、上記のとおり鑑定書の信用性を認めず、同書面の意見にしたがった結論とはしませんでした。

しかし、鑑定書が信用できないだけでは、受傷の事実や相当な治療期間は判断できません。請求する側に立証責任がある以上、Xらにおいて、受傷の事実やその治療の必要性を証明していかなければなりません。

本件では、「原告らの述べる事故状況や負傷状況及びそれに対する医師の診断等をも考慮して慎重に検討しなければならない」として、具体的な検討がなされました。

まず、Y車両の速度について、過去の供述調書や実況見分調書、そして本裁判における証言から少なくとも15キロメートルは出ていたはずだと認めました。さらに、双方車両の損傷状況や重量差、そして事故の際のXらの車内の様子についての供述から、「本件事故の追突時の衝撃は決して軽微なものではなく、むしろ相当大きなものであったと認められるのであり、したがって、原告者の乗員らがそれなりの負傷をしたであろうことは十分に認められる」と判断しました。

これで受傷の事実は認められましたが、次は治療期間が問題となります。

統計的には、多くの頚椎捻挫は3ヶ月程度で治癒し、長期化するものも6ヶ月程度で症状固定することが多い中、本件でXらは9ヶ月以上の治療をし、X2に至っては4ヶ月の入院とそれに続く9ヶ月近い通院治療を行っています。

これについて裁判所は、「原告らの治療期間があまりに長きにわたっているのではないかとの印象は拭い難いものがあることも事実」と述べ、治療期間の検討の必要性を示しました。

そして、Xらの治療をした主治医の証人尋問の結果「同意氏が医師としての主体的な判断を放棄したまま、ただ患者たる原告らの愁訴に引きづられて、それに対する対症療法的な治療を漫然と継続してきただけではないかという疑問」があるとしつつも、「そもそもむち打ち症にあっては、その性質上患者の自覚症状に基づく訴えに依拠して治療をするという傾向にならざるを得ない側面があることも事実である」とし、無責任な医師の証言によって一定時期以降の治療が不要なものであったと断ずることもできないと判断しました。

そして、X1が自費で治療を継続していたこと等の事情も併せ考えると、本件ではXらは主張のとおりの治療が必要であったと認定しました。

まとめ

いわゆる「むちうち」は、レントゲンやMRI画像に何らの異常もない場合が少なくありません。

そのため、「実際に受傷しているのか」「どのていど治ってきているのか」という点が問題とされがちになります。

特に、事故車両の損傷状況が軽微な場合には、加害者側の保険会社は短期間で治療費を打ち切ってきたり、ひどい場合には本件のように受傷自体を否定してきます。

その際に、本件のような鑑定書(私的鑑定書)が用いられることがあります。

鑑定書に限らず、保険会社の顧問医の意見書、顧問弁護士の主張書面など、様々な手段が採られますが、これらが必ずしも正しいとは限りません。

むしろ本判決の示すような「結論ありき」と思われるものも少なくありません。

本判決は「この種の鑑定書が真に有用な訴訟資料たりうるためには、何よりもまずその作成に当たる鑑定人において職業的な両親に忠実であることが求められる」のみならず「同時に、これを利用する保険会社とその代理人弁護士においても、鑑定書の内容を慎重に検討したうえで節度のある態度でこれを用いることが望まれる」と付言しています。

鑑定書の内容が果たして信用できるものなのか、それを根拠とした保険会社の主張が正しいものなのか、相手の言いなりになる前に、一度弁護士にご相談ください。

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