裁判例

Precedent

交通事故
外貌醜状
顔(目・耳・鼻・口)
10級
逸失利益
将来のインプラント治療【後遺障害10級相当】(横浜地判平成24年1月26日 )

事案の概要

Xは、自動二輪車に乗り優先道路を進行中、信号規制のない交差点を直進しようとしたところ、交差する劣後道路からY運転の自動車が進入し、交差点内で衝突。

Xは、これにより、歯牙欠損、頭部打撲、顔面打撲、顔面挫創、両膝打撲、左足関節打撲、右上腕打撲の傷害を負ったため、Yに対して損害賠償請求をした。

<争点>

①歯牙欠損及び醜状障害で、逸失利益が認められるか?
②将来のインプラント費用は認められるか?

<主張及び認定>

主張 認定
治療費 353万9001円 353万9001円
通院交通費 4万9380円 4万8123円
入院雑費 1万6500円 1万6500円
付添費・付添人交通費 8万9380円 8万9380円
休業損害 105万5808円 105万5808円
後遺障害逸失利益 6383万3313円 1392万5885円
入通院慰謝料 255万0000円 230万0000円
後遺障害慰謝料 1296万0000円 550万0000円
慰謝料増額事由 100万0000円 0円
物損 11万4900円 11万4900円
将来のインプラント費用 138万8453円 87万4515円
過失相殺 10%
損害のてん補 ▲546万8979円 ▲546万8979円
損益相殺 ▲450万5236円 ▲450万5236円
弁護士費用 766万2232円 147万0000円
合計 8428万4553円 1621万3485円

<判断のポイント>

①逸失利益について

本件では、Xは永久歯を10本も失い、これらについてインプラント治療をしています。通常、歯牙に欠損や喪失があったとしても、補綴がなされれば歯の機能は回復するため、大きな問題とはなりません。

そのため、多くの場合、適切な補綴が行われていれば、労働能力の喪失が否定されます。とりわけ、インプラント治療は強度的にも審美的にも最高レベルの治療とされているため、余計に認められにくくなります。

また、Xは顔に線状痕などの醜状が残っていますが、この醜状障害についても、機能的には何ら問題ない(働くことに支障はない)として、逸失利益が否定されることが多いです。

しかし本件では、結果的に15%の労働能力喪失を認められました。

これは、Xが作業療法士という職業に就いており、肉体労働としての側面があるが、歯を食いしばることができないためこれまでより負担がかかること、顧客との1対1の対応が必要となる対面職業であることから、Xが実際働く上で、支障が出ていることが認められたためです。

②将来のインプラント治療について

基本的に、症状固定後の治療費等については、賠償の対象にはなりません。

それは、症状固定という概念が「これ以上治療をしても変化がない」というものであり、それ以後は治療の必要性がなくなるからです。

しかし、本件では、将来のインプラント費用が認められました。これは、インプラントが永続するものではなく、定期的なメンテナンスが必要と考えられるからです。

この点、本件では、歯科医師からインプラントの耐用年数についての意見書が出ており、それによって裁判所は、一度のインプラント治療で20年程度維持されるとするのが相当としました。

そのため、Xの年齢と平均余命からすると、あと2回はインプラント手術をする必要があるとして、将来のインプラント費用を損害と認めました。

まとめ

本裁判例は、通常では認められにくいものが損害として認められた好例といえます。

後遺障害が認められた場合、賠償金額が大きく跳ね上がるのは逸失利益が認められることによりますが、逸失利益は「この先、障害のために労働に支障が出ること」を前提としているため、障害が残ったとしても、労働に支障が出ないものであれば、認められません。

労働への支障が認められにくいのが、醜状、変形、歯牙欠損等です。

本件では、このうち醜状及び歯牙欠損について、Xの仕事内容を具体的に認定した上で、どのような支障が出ているか、今後どのような支障が出うるかに基づき、逸失利益を認めました。

醜状は、人と会う職業(営業職、接待職)や審美的な要求がされる職業(俳優、モデル等)では認められやすく、歯牙欠損は肉体運動を伴う職業(スポーツ選手等)では認められる余地があります。

本件のXは、作業療法士として訪問リハビリ施術の仕事をしており、顧客と1対1で接し、サービスをすることを求められ、その職務内容には寝ている顧客を持ち上げたり、支えたりするなどの肉体労働も含まれます。

これらの点につき、実際に支障が出ていることを丁寧に立証することで、労働能力の喪失が認められたのです。

また、将来のインプラント費用についても、インプラント治療というものの強度や耐用年数を歯科医師に意見書という形で作成してもらうことで、永続はしないこと、最低でも20年に1度のメンテナンスが必要となりうることを認められています。

裁判は、第三者である裁判官に、損害の発生を認めてもらわなければなりません。

そのためには、主張だけではなく立証をきちんと準備することが肝要です。

この事例のように、一般的には難しい補償も、具体的な主張と綿密な立証によって認められる余地は充分にあります。

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