裁判例
Precedent
事案の概要
X(当時27歳・男性)は、普通自動二輪車を運転し直進進行していたところ、対向車線からでUターンをしようとしたY乗車の普通自動二輪車に衝突される。
Xは、頭部打撲傷、顔面挫創、左肘打撲擦過創等の傷害を負い通院治療をしたが、左眉部に6センチメートルの線状痕、左下顎部に3.3平方センチメートルの瘢痕、左下顎下部には5センチメートルの線状痕が残存し、当時の後遺障害等級12級14号に該当すると認定された。
これらの慰謝料等をYに対して損害賠償請求した事案である。
<争点>
①逸失利益が認められるか?
②過失割合は認められるか?
<主張及び認定>
主張 | 認定 | |
---|---|---|
治療関係費 | 647万6798円 | 646万8738円 |
通院交通費 | 2万3920円 | 2万2830円 |
文書料等 | 1万9379円 | 1万9379円 |
休業損害 | 334万3726円 | 264万4892円 |
逸失利益 | 3115万0810円 | 0円 |
傷害慰謝料 | 200万0000円 | 154万0000円 |
後遺障害慰謝料 | 800万0000円 | 700万0000円 |
既払金 | ▲793万2857円 | ▲950万7867円 |
弁護士費用 | 430万0000円 | 82万0000円 |
合計 | 4738万1776円 | 900万7972円 |
<判断のポイント>
(1)逸失利益について
本裁判例に限らず、傷痕や瘢痕が残ってしまうという外貌醜状障害の場合に大きな問題となるのが逸失利益を認めさせることができるか?という点です。
逸失利益とは、後遺障害が残ったことによって労働能力が喪失し、その結果として将来的に収入が減少する場合に、補償として認められます。つまり、例え後遺障害が残ったとしても、労働能力が減少しない限り、逸失利益は生じないことになります。通常、可動域制限や神経症状などが残存している場合には、これまでと同じように動けないのですから、逸失利益が生じることは暗黙の了解のような場合が多いのですが、外貌醜状や痛み等を伴わない変形障害は、従前通り稼動することができるため、逸失利益が認められない傾向にあります。
本件では、原告であるXが事故当時俳優研修所に通っている俳優の卵だったため、原告は残存した外貌醜状によって表情作りが困難になったり、オファーの来る役柄にも制限が出てしまい、労働能力の35%を喪失した、と主張しました。
これに対し、裁判所は、Xの本件事故以前の経歴や本件事故後の出演作品等を一つ一つ認定した上で、原告の傷痕は「通常は労働能力を喪失させるようなものではなく、原告が俳優の仕事に従事していることを考慮しても、舞台俳優としての活動には何ら支障になるものではないことが認められる」「原告が将来、俳優として成功するかどうかは様々な要因によって左右されるものであることを併せ考慮すると、左眉部の線状痕等が残存したことによって原告の俳優としての将来得べかりし収入が減少したと認めるには足りない」と判断し、逸失利益を認めませんでした。
もっとも、舞台俳優としては目立たなくとも、映像分野において俳優として活動する際に何らかの支障になる可能性があることは認め、後遺障害の慰謝料増額事由を認めました。
後遺障害12級の慰謝料相場が290万円であることを考えると、本件では410万円ほど増額していることになります。
(2)過失割合について
「双方動いていたら、10対0にはならない」という話を聞いたことがある方もいるかもしれません。
これは保険会社がよく使ってくるフレーズなのですが、本件で裁判所は双方進行中の事故でも過失相殺を認めませんでした。
本件事故は、平日の午前中で、現場付近の交通量が多い時間帯に起こっていますが、そのような場所でUターンをしようとする場合、慎重な運転が求められていたにもかかわらず、YはX車両にぶつかる直前までX車両に気づかないまま衝突しており、Yの前方不注視の違反が重大だと判断されたためです。
Xは、Y車両を避けようとブレーキをかけ、ハンドルを切るなどの措置をとっていることからすれば、本件事故は専らYの過失によって起きたと判断されました。
まとめ
外貌醜状障害が残存した場合には、本件のように逸失利益が認められるかが大きな争点となることが多くなります。
外貌醜状以外の他の症状も残存している場合には、それらと合わせて逸失利益の検討ができますが、外貌醜状態のみの場合には、実際にどの部位にどのような痕が残っており、仕事内容を勘案してどのような影響が生じるかという具体的な主張と立証が必要となります。
本件では、眉部分の傷痕は一部が眉と重なっており、映像でアップにすれば気づくことはありますが、写真や舞台では気づかない程度のものであり、左下顎部の瘢痕や線状痕もあまり目立たないものでした。そのため、具体的に仕事に支障が生じていることが認められず、逸失利益は否定されました。
もしも、どこから見ても分かってしまうような大きな痕であったり、傷痕によって仕事のオファーが減る、実際に傷痕を理由として降板させられるような事態が生じていれば、一定程度の逸失利益が認められた可能性は十分にあります。
もっとも、本件のように逸失利益が認められない場合にも、慰謝料が一定程度増額される傾向にあります。
この増額を勝ち取るためにも、被害者がその傷痕によってどのような弊害を被っているかをきちんと主張する必要があるのです。
※なお、本件事故当時は後遺障害等級上男性の醜状と女性の醜状は別々の等級とされていましたが、平成22年6月10日以後に発生した事故については、男女同等級となっています。
また、本件では過失相殺を否定しています。
Xはまっすぐ走っていただけなので、当たり前と思うかもしれませんが、具体的にどういう形で衝突したのかをきちんと立証できなければ、不本意にも過失割合が認められてしまうこともあります。
本件のように、加害者がどのような対応の運転行為をしてそれはいかに重大な不注意なのか、被害者はどのような対応の運転行為をしてそれはいかに評価すべきなのか、という点をしっかりとカバーすることが大切になります。