裁判例
Precedent
事案の概要
信号のない交差点の横断歩道を集団下校で歩行横断中、左方から進行してきたY運転の普通貨物車に衝突され、外傷性くも膜下出血当の障害を負い、死亡した9歳の男子小学生Aの遺族であるX1(父)、X2(母)、X3(兄)、X4(祖父)及びX5(祖母)が、Yに対し損害賠償を求めた事案。Yは、以前から夢中になっていたスマートフォンのゲームをしながら運転をしていたため前方を注視しておらず、衝突する直前まで横断歩道上のAに気づいていなかった。
<主な争点>
死亡慰謝料の増額事由
<主張及び認定>
A固有の損害 | 請求額 | 認定額 |
---|---|---|
入院付添費 | 3万2500円 | 6500円 |
入院雑費 | 1500円 | 1500円 |
近親者葬儀参列費 | 34万7220円 | 0円 |
文書料 | 4090円 | 4090円 |
逸失利益 | 3284万7322円 | 3217万3796円 |
入院慰謝料 | 2万2967円 | 1万7666円 |
死亡慰謝料 | 3000万円 | 2500万円 |
小計 | 6325万5599円 | 5720万3552円 |
既払金 | ▲3000万5190円 | ▲3000万5190円 |
遅延損害金 | 263万2620円 | 238万2175円 |
合計 | 3588万3029円 | 2958万0537円 |
X1の損害 | 請求額 | 認定額 |
---|---|---|
葬儀関係費 | 642万1893円 | 150万円 |
固有の慰謝料 | 300万円 | 200万円 |
相続金(※) | 1794万1515円 | 1479万0269円 |
小計 | 2736万3408円 | 1829万0269円 |
弁護士費用 | 273万6341円 | 182万9026円 |
合計 | 3009万9749円 | 2011万9295円 |
X2の損害 | 請求額 | 認定額 |
---|---|---|
固有の慰謝料 | 300万円 | 200万円 |
相続金(※) | 1794万1515円 | 1479万0269円 |
小計 | 2094万1514円 | 1679万0268円 |
弁護士費用 | 209万151円 | 167万9026円 |
合計 | 2303万5665円 | 1846万9294円 |
X3の損害 | 請求額 | 認定額 |
---|---|---|
固有の慰謝料 | 200万円 | 100万円 |
弁護士費用 | 20万円 | 10万円 |
合計 | 220万円 | 110万円 |
X4・X5の損害 | 請求額 | 認定額 |
---|---|---|
固有の慰謝料 | 各100万円 | 各50万円 |
弁護士費用 | 各10万円 | 各5万円 |
合計 | 各110万円 | 各55万円 |
※Aの固有の損害賠償金の法定相続分
<死亡慰謝料について>
死亡慰謝料の金額は、裁判実務上、
一家の支柱 | 2800万円 |
---|---|
母親、配偶者 | 2500万円 |
その他(独身の男女、子供、幼児等) | 2000万円~2500万円 |
という基準を目安として算定されており、具体的な斟酌事由により、増減されます。
また、民法711条では、「他人の生命を侵害した者は、被害者の父母、配偶者及び子に対しては、その財産権が侵害されなかった場合においても、損害の賠償をしなければならない。」と定められており、被害者本人だけでなく近親者等の固有の慰謝料が認められているところ、上記の基準は、死亡慰謝料の総額であり、近親者等の固有の慰謝料も含まれています。
<慰謝料の増額事由>
加害者に無免許運転やひき逃げ、飲酒運転等の故意または重過失がある場合や、事故後、加害者に著しく不誠実な態度等があるような場合には、被害者本人やその遺族はより大きな精神的苦痛を受けることになるとして、目安となる基準よりも慰謝料を増額して算定されることがあります。
まとめ
本件は、被害者Aが9歳という若さで、スマートフォンでゲームをしながら運転していたYの車両に轢かれて命を落とすという大変痛ましい事故でした。
裁判所は、特に、Yの前方不注視の原因が、夢中になっていたゲームに気を取られていたという、単にY自身の欲求から出るものであったことや、Yが本件事故以前から、ゲームをしながら運転することの危険性を十分に認識していたことなどから、本件事故を発生させたYの責任は極めて重大である、と述べています。
そして、A固有の死亡慰謝料として2500万円を、近親者等の固有の慰謝料としてX1とX2にはそれぞれ200万円、X3には100万円、X4とX5にはそれぞれ50万円を認め、慰謝料だけで合計3100万円を認定しました。
9歳男児であるAは、上記の表の「その他(独身の男女、子供、幼児等)」であり、慰謝料の目安となる基準の金額は高くても2500万円ですが、裁判所はそれを600万円上回る3100万円と認定しており、それだけ本件事故におけるYの責任は重いと判断したのでしょう。
なお、本件事故をきっかけに、いわゆる「ながら運転」の罰則強化の検討が進み、令和元年12月1日の改正道路交通法の施行により、運転中のスマートフォン等の使用や画面の注視に関する罰則が強化されました。
今後の損害賠償請求訴訟における「ながら運転」事案では、本件と同様に慰謝料の増額が認められる可能性が高くなると思われます。
加害者の悪質な運転による重大事故によって被った被害者本人や遺族の精神的苦痛は、決して金銭で解決できるものではありません。
しかし、本件のような重大な結果が生じた事故による巨額の損害賠償請求は、加害者にその責任の重さを痛感させるうえで、刑事罰と同じように重要なことだと思います。