裁判例
Precedent
事案の概要
Xは、泊りがけの出張で同僚とともに宿泊し、同僚らとの夕食中に飲酒していた。
その後、一人で行動中に、飲酒による酩酊によって宿泊先の旅館の階段から転落して頭蓋骨骨折などの傷害を負い、1ヵ月後死亡した。
Xの遺族は、労働基準監督署長に、療養補償、遺族補償及び葬祭料の支給を求めて申請したが、同署長は、本件事故は業務と関連しない私的行為や恣意的行為ないし業務遂行から逸脱した行為によって自ら将来した行為であるとして、業務遂行性と業務起因性を否定して不支給決定処分を下した。
Xは、本件処分について不服申立てをしたが、いずれも棄却され、行政訴訟を提起した。第一審では業務遂行性は認めたものの、業務起因性を否定し、同署長の決定を支持した。
そこで、控訴したのが本件である。
<争点>
本件事故は業務災害に該当するか。
<判決の内容>
判決は、業務災害というための要件としての業務遂行性について、Xらの飲酒行為は、宿泊を伴う業務遂行の為に4名で出張先に赴き寝食をともにするというような場合には、通常随伴する行為といえなくはない。
また、本件事故以外の出張においても、夕食時にともに飲酒することが習慣となっていた。そうすると、積極的な私的行為ないし恣意的行為に及んでいたものではないとして、業務遂行性を認めた。
その上で、2つ目の要件の業務起因性については、本件事故は、Xが業務とまったく関連のない私的行為や恣意的行為ないしは業務遂行から逸脱した行為によって自ら招来した事故ではなく、業務起因性を否定すべき事実関係はないというべきであるとして、業務起因性も認めた。
したがって、本件事故を業務災害と認めた。
まとめ
出張中は、一般的に、その用務の成否や遂行方法などについて、包括的に事業主の支配にあるといえ、出張の全過程について業務遂行性があるとみられます。
もっとも、出張中の行動であっても、出張の機会を利用して全く私的な行為に及んでいた際の災害については業務遂行性が否定されます。
すなわち、出張中の業務遂行性の判断は、積極的な私的行為や恣意的行為に及んでいるかどうかによるといえます。
本件では、上記のように、同僚とともに出張に赴き、旅館で宿泊する場合、食事に飲酒が伴うことは、通常想定されるともいえることや、これまでの習慣でもあったことから積極的私的行為や恣意的行為に及んでいるとは認められませんでした。
業務遂行性が認められる場合、業務起因性も推定されるところ、業務起因性については、本件事故当時、Xは部屋を出て館内を一人で行動していたため、業務と関連性が認められない原因での災害とも考えられました。
しかし、Xが一人で行動していたのは、先に部屋で寝入っていた他の同僚を起こさないよう時間を潰すためでした。
また、部屋に戻る際にトイレのスリッパを履いたままであることに気づき階下のトイレへ戻る際に転倒してしまったものでした。
裁判所は、このような行動をとっていたXが業務とまったく関連のない私的行為や恣意的行為ないし業務遂行から逸脱した行為をしていたと考えることはできないと判断し、業務起因性は否定されませんでした。
このように判断されたのは、出張先で同じ部屋で寝泊りし飲酒もすることについては上記のとおり業務遂行性が認められており、これに続くXの一人行動は、その業務遂行性が認められる一連の行動の一部と考えることができたためでしょう。
このように、本判決では、出張中に実際よく行われている行動について、世間の常識と合致するような判断がなされました。
この点で意味のある事例判決といえます。