裁判例
Precedent
事案の概要
協議離婚の後、子の親権者となった妻は、夫に対し、離婚後は養育料の請求は一切しない旨誓約した。
また、妻は、親族との間で妻の親族が妻子の離婚後の生活を援助していく旨の約束を取り交わした。
その後、妻は、子の法定代理人として夫に対し扶養料を請求した。
<争点>
離婚に際して子の養育費の支払いを放棄した親権者は、子を代理して養育費の支払いを求めることができるか。
<審判の内容>
妻は、離婚後、子の養育料は夫に請求しない旨誓約し、夫がかかる条件を前提に子の親権者を妻と定める協議離婚に応じた事実に照らせば、子の第一次扶養義務者である夫及び妻間において、子の扶養の順序につき、妻が親権者となると同時に夫に優先して子を扶養する旨の協議の成立と解すべきである(右約を、妻が子の法定代理人として夫に対してした扶養請求権の放棄と解することは相当でなく、仮に同趣旨と解するとすれば、右放棄が無効であることは明らかである。)。
そして、妻の親族が行った子の扶養についての妻への援助の約は、少なくとも同人らと妻との間では法的に有効であって、右約に基づいてなす同人らの妻への援助は、妻に対する返還請求権を発生させないものであつて、従って、妻の親族からの援助は、これを妻の子に対する扶養のための資力の一部とみなすことが相当である。
そうすると、子は、現にその優先的扶養義務者である妻(その親族による援助を受けつつ)によってとくに不自由なく扶養されているのであって、現段階で夫に対して扶養を求める必要はないといわなければならない。
まとめ
子は、親に対し、扶養を求める権利を持っています。このような権利を「扶養請求権」といいます。
扶養請求権は、子が固有に持っている権利であり、いくら親権者といえども放棄することができない、一身専属的なものと考えられています。
本件では、妻(母であり親権者である。)は、子の扶養請求権を放棄したわけではありません。
しかし、結果として、扶養請求権を放棄したのと同様の結果を招いてしまったことになります。
親子の関係は、離婚後も継続するもので、本件の夫も、子に対する扶養義務を負担することに変わりありませんが、夫に対し、自身の親族からの援助を受けて、子を一人で育てると誓った限りは、そのための生活能力・経済力のある妻は、夫からの援助を受けることはできなくなってしまいます。
「自分は夫に対し扶養を求められなくとも、子は夫に対し扶養を求められるのだから。」と安心することなく、本件のような事態を想定して、生活設計を考えることが重要といえます。
なお、権利者に対する実家からの援助がある場合、養育費や婚姻費用の算定にあたって、その援助は権利者の収入に含めるか否かという問題がありますが、これらの援助は親族の好意に基づく贈与といえるため、権利者の収入に含めないとすることが一般的です。
その意味では、親族からの援助を、妻の子に対する扶養のための「資力の一部」と判断した本件は、画期的な審判であるといえます。