裁判例
Precedent
事案の概要
Xは、勤務終了後,身体障害者の義父を在宅介護するために,自宅と勤務先事業場間の通勤経路を外れて義父宅に立ち寄り,介護を終えて帰宅する途中,交差点で原動機付自転車と衝突し,頭蓋骨骨折,脳挫傷などの傷害を被った。
Xは、退勤途中に交通事故にあったとして労働者災害補償保険法に基づく休業給付の申請をしたところ,労働基準監督署長が通勤経路から外れるもので、通勤災害に該当しないとして不支給処分を行ったため,同処分の取消しを求めた事案。
第一審では、通勤災害と認め、処分を取消す判決となったため、控訴された事案。
<争点>
本件事故の通勤災害該当性。
具体的には、
①Xの介護行為が、労災法施工規則8条1号の、「日用品の購入その他これに準ずる行為」に該当するか、
②本件事故は、Xが合理的な通勤経路に復した後に生じたものであるか、である。
<判決の内容>
・争点①「日用品の購入その他これに準ずる行為」に該当するか
Xによる介護は、労働者本人又はその家族の衣,食,保健,衛生など家庭生活を営む上での必要な行為というべきであるから,「日用品の購入その他これに準ずる行為」に当たる。
・争点②合理的な通勤経路に復した後に生じたものか
合理的な経路とは,仕事場と自宅との間を往復する場合に,一般に労働者が用いると認められる経路をいい,必ずしも最短距離の唯一の経路をさすものではないとした上で、Xが通った経路も合理的な経路のひとつと認め、合理的な通勤系を似復した後に生じたものと認定した。
まとめ
・業務関連性
まず、前提として、本件の移動は、業務の終了により、仕事場からXの住居へ最終的に向かうために行われたものであるから、業務関連性の要件が認められます。
本件では、業務関連性が認められた上で、争点①②が具体的に争点となりました。
・争点①「日用品の購入その他これに準ずる行為」に該当するか
争点①については、当時、介護行為が「日用品の購入その他これに準ずる行為」当たるとの規定が無かったことから、国や労基署側は、介護行為を含めることは、許されない拡張解釈であり、立法を待つべきと主張しました。
もっとも、本判決は、「日用品の購入その他これに準ずる行為」に該当するか否かは社会常識に照らして判断されるべきで,時代の変化に応じて解釈することも可能と示しました。
そこで、介護を受けていた義父の介護の必要性について具体的事情をもとに認定し、介護が不可欠な義父を介護できる親族がXしかおらず、XやXの妻がほぼ毎日のように介護を行っていたことを認定した上で、Xの介護行為は、労働者本人又はその家族の衣,食,保健,衛生など家庭生活を営むうえでの必要な行為と評価し、該当性を認めました。
・争点②合理的な通勤経路に復した後に生じたものか
ここでは、上記判示のように、通勤経路は、一般に労働者が用いると認められる経路をいい,必ずしも最短距離の唯一の経路に限られないとしました。
これは、例えば地図上の最短経路が、実際の交通事情や、その日の状況などによって、いつも最適な経路とはいえないことから、現実的な判断といえます。
そのため、合理的な経路とは、ひとつに限られないのです。
本件でも、具体的な道路事情を細かく認定したうえで、複数の合理的経路があり、Xは事故当時、そのひとつを使っていたと認められました。
したがって、合理的な通勤経路に復した後に生じた事故と認められるに至りました。
寄り道した場合、原則は、通勤災害に該当しなくなります。
しかし、個別具体的な事情によっては、例外が認められることがあり、本事例はその意味で、以後の労災適用の判断に重要な事例となりました。
その結果、この判決の後、本判決を契機に規則が改正され、本件のような一定の介護行為も「日常生活上必要な行為」に当たるものとして保護の対象とされるに至っています。