宿泊客の所持品や荷物の盗難、紛失等について

1.ホテル・旅館側の責任

ホテルや旅館など(以下、「ホテル等」といいます。)の中で、所持品や荷物が盗難された、もしくは紛失したと宿泊客からいわれた場合、ホテル等としてはどのように対応すべきでしょうか。宿泊客から、「損害を賠償しろ」といわれてしまった場合、ホテル等がその責任を負わなければならないでしょうか。

以下では、色々なケースを想定して、どのような場合にホテル等が責任を負わなければならないのかを見ていきます。

2.責任の根拠

(1)債務不履行責任(契約責任)

まず、ホテル等は、宿泊客との宿泊契約によって、宿泊客が盗難の被害に遭わないように配慮すべき義務が生じます。

この配慮義務に違反したことによって盗難事故が発生した場合には、債務不履行責任を負うことになります。

さらに、ホテル等が宿泊客や利用客(以下、「宿泊客等」といいます。)の荷物や貴重品などを預かった場合、ホテル等と宿泊客等との間には、その荷物や貴重品などに関して、寄託契約が成立します。

この寄託契約において、ホテル等は、預かった物品を善良な管理者としての注意をもって保管する義務を負います。

不可抗力や、その他の特別の事情などにより、ホテル等が善良な管理者としての注意をもって保管していたにもかかわらず、盗難等の事故を防ぐことはできなかったと認められなければ、寄託契約上の賠償責任を負うことになります。

(2)不法行為責任

次に、ホテル等の過失やホテル等の施設の瑕疵(鍵の故障など)によって、盗難・紛失などの事故が容易に生じてしまう状態であるのを放置して営業を行っていた場合には、ホテル等が不法行為責任を負うことになります。

ホテルの従業員が宿泊客の所持品等を盗んだ場合なども、ホテル等はその従業員の使用者として、損害賠償責任を負います。

なお、債務不履行責任と不法行為責任は、必ずどちらか1つの責任に該当するという性質のものではなく、いずれの責任も両立するということもありますが、両方の責任に該当するからといって、責任がその分重くなるということもありません。

単に、法的責任を評価する視点が複数存在するというだけに過ぎません。

3.想定されるケース

(1)客室内での盗難事故

まず想定されるのは、宿泊客が客室に置いていた物品が盗難されるケースです。

現在は、客室内に金庫を備え付けているのが一般的ですし、貴重品も含めて、客室内に持ち込んだ宿泊客の所持品の管理は、原則として宿泊客の責任において行われなければなりません。

したがって、例えば、宿泊客が貴重品を金庫に入れておらず、さらに部屋に鍵をかけないまま客室を出てしまった間に盗難が発生した場合などは、ホテル等に責任が生じることはないと考えられます。

このような考えからか、「客室内のお客様の携帯品について、盗難・破損等の一切の責任を負いません」といった掲示をしているホテル等もあると思いますが、その効力は絶対的なものではないことには注意が必要です。

例えば、盗難の犯人がホテル等の従業員である場合は当然のこととして、宿泊客が客室の出入口や窓にきちんと鍵をかけていたものの、その鍵が故障していて、外から簡単に開けられてしまう状態であったといった場合などにも、上記のような掲示の有無に関係なく、ホテル等に責任が生じます。

もっとも、これらの場合であっても、もし貴重品等を金庫に入れておくとか、フロントに預けておくなどしておけば、盗難は防げたといえるような事情があれば、宿泊客にも一定の落ち度があるといえますので、責任の割合に応じて、ホテル等の賠償責任も軽減されます。

(2)フロントやクロークで預かっていた物品の盗難・紛失事故

この場合には、ホテル等は、善良な管理者としての注意をもって保管する義務を負いますので、ホテル等の責任は原則として免れない可能性が高いです。

しかし、ホテル等においては、多数の宿泊客等から様々な物品を預かることも多く、その全てについて善良な管理者として同等の注意を払わなければならないとなると、相当の負担になってしまいます。

そこで、多くのホテル等では、約款において、宿泊客等から「貴重品である」旨の申告を受けなかった預かり品に対しては、責任の範囲を一定程度に制限する免責条項を設けているホテル等もあるかと思います。

これによって、貴重品との申告を受けなかった物品が盗難されたり紛失したりした場合には、実は、それが非常に高価な物品であったとしても、ホテル等が予期せぬ高額な損害賠償の責任を負うことを免れることができます。

もっとも、盗難や紛失の原因に、ホテル等の故意又は重大な過失がある場合には、そのような約款は無効であると判断されてしまいますので、貴重品で無ければ杜撰な管理をしていても良いということではありません。

次に、宿泊客等から、「預けていたカバンの中から財布や、その他貴重な品物がなくなっている」などと言われた場合には、まずは事実確認の必要があります。

そして、もしホテル等でカバンを預かっている間にその貴重品が紛失した(あるいはその可能性が非常に高いと認められる)と確認できた場合には、カバンを預かっていたホテル等に責任が生じることは免れません。

この場合であっても、①カバンの中に貴重品が入っていることをホテル等が認識していたかどうか、②宿泊客がその旨をホテル等に伝えていたかどうか、③仮にホテル等がカバンに貴重品が入っていることを知っていれば、より確実な管理方法を採っていたなどといった様々な事情から、宿泊客にも一定の落ち度があるといえれば、責任の割合に応じて、ホテル等の賠償責任が軽減されることも考えられます。

(3)大浴場での盗難事故

大浴場を設置しているホテル等も多くありますが、脱衣所に置いていた物品が盗難されたというケースを経験したことのあるホテル等の経営者の方も多いのではないでしょうか。

このような場合にホテル等が責任を負うかどうかは、ホテル等の設備や盗難対策への配慮がポイントとなります。

まず、脱衣所に、セーフティボックス(貴重品を入れておくための鍵付きの小物入れ)や、鍵付きのロッカーが設置されていない場合には、盗難対策として、入浴時間中は常に従業員を脱衣所に配置して見張りをつける必要があります。

ホテル等がいずれの対策も講じていなかった場合は、ホテル等にも盗難被害の責任が生じる可能性が高いです。

特にセーフティボックスの設置にはそれほど多額の費用はかからないと思いますので、それすら設置していないとなると、責任が生じることは免れ難いからです。

その他、盗難対策として、「貴重品はフロントに預けるように」とか、「入浴時に貴重品は部屋の金庫に入れて置くように」などと掲示して忠告していた場合などには、その忠告を無視した宿泊客にも一定程度の落ち度があると認められますので、責任の割合に応じて、ホテル等の賠償責任も軽減されます。

逆に、これらの対策を行っていたにもかかわらず、宿泊客がロッカーの鍵をかけなかったとか、セーフティボックスを利用しなかったなどという事情が存在する場合には、原則として、ホテル等に落ち度は無く、盗難の責任は負わない可能性が高いと考えられます。

まとめ

以上で想定した場合の他にも、ホテル等の経営者の方は、様々な盗難や紛失のケースをご経験されていることと思います。

個々の具体的事案において、ホテル等にどのような責任が生じる可能性があるのかは、法的責任についての専門的知識や、経験に基づく責任割合に関するバランス感覚などを有する専門家の判断が参考になると思います。

宿泊客の所持品の盗難・紛失についてトラブルを抱えているとか、今後のトラブルを未然に回避するための対策にお悩みの経営者の方は、是非法律の専門家である弁護士にご相談されることをお勧めします。