時季変更権とは?時季変更権の強制力と起こり得るトラブル
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「有給申請への時季変更権とはなにか」
「時季変更権を行使できる要件とはなにか」
従業員から、会社の繁忙期に年次有給休暇をとりたいとの申請があったが、事業に支障が生じるので、できるなら繁忙期以外の時期に有給休暇をとってもらいたい。
従業員に有給休暇の取得時期を変更してもらうことはできるのか。
このような悩みを抱えておられる使用者の方も多くいらっしゃるでしょう。
本記事では年次有給休暇の申請を行った従業員に対し、どのような場合に時季変更権の行使が認められるのか、会社が時季変更権を行使する際の要件や効果、対応方法などを説明します。
この記事を読んで、時季変更権とはなにか、時季変更権を行使する際の注意点や対策を知っていただく一助となれば幸いです。
1.時季変更権について解説
(1)時季変更権とは
そもそも労働者は、時季を特定して有給休暇を取ることができます。
これを「時季指定権」といいます。
しかし、無制限に労働者の希望通りに有給休暇を取られてしまうと、会社の業務が立ち行かなくなってしまう可能性があります。
そのため、会社側にも労働者の希望する日でない日に有給休暇の取得日を変更することが許される場合があります。
これを「時季変更権」といいます。
もっとも、有給休暇をいつ取得するかというのは、原則として労働者側の自由であるため、これを制限する時季変更権が認められるためには要件を満たす必要があります。
(2)時季変更権を行使できる要件
労働者の時季指定権の行使に対して、どのような場合に、時季変更権を行使できるかについては、法律上以下のように定められています。
労働基準法39条5項
使用者は、前各項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。 |
このように、労基法上は、「請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる」ことが会社の時季変更権の要件となっています。
そして、この条文から、以下の2つを満たす必要があると考えられています。
1.当該労働者の年休取得日の労働が、その者の担当業務を含む相当な単位(課・係など)の運営によって不可欠である
2.代替要員の確保が困難である
つまり、単純に「繁忙期だから」や「仕事が遅れてしまうから」という程度では「事業の正常な運営を妨げる」とはいえない可能性があるのです。
いくつか例を挙げて考えていきましょう。
#1:代替人員を確保できない(人出不足)場合
有給休暇を取りたいと言っている労働者がどのような役職・役割をはたしているのかによって変わってきますが、その人がいないと事業が止まってしまい、代わりを担える人がいない場合には、要件を満たす可能性があります。
他方で、シフトの調整や他部署からの応援人員を入れることで解消ができるのであれば、要件を満たさないと考えられます。
#2:同時期の休暇申請者が複数の場合
労働者が希望する日が他の労働者の希望日と重複する場合でも、差別的な取扱いとならないように気を付けながらシフトを調整する等して、できるかぎり状況に応じて労働者が指定した日に休暇がとれるよう配慮するようにしましょう。
#3:長期間連続する有給休暇の場合
これまでの話は、短期の年休を想定していましたが、長期間連続するような有給休暇の場合は別の考慮が必要となります。
長期連続休暇の場合は、事業の運営に支障が生じやすいため、一般的に、長期連続休暇に関しては、使用者に一定の裁量が認められ、短期の年休に比べ時季変更権が認められやすくなっているのです。
時事通信社事件(最三小判平成4年6月23日)では、労働者が使用者との事前の調整を経ることなく、具体的時期を特定して長期連続の年休時期指定を行った場合の時季変更権行使に関して、使用者にある程度の裁量的判断の余地を認めざるを得ないとされ、ただし、この裁量的判断は労基法39条の趣旨に沿う合理的なものでなければならないとされています。
なお、長期連続休暇の取得促進策としては、計画年休制度(労基法39条6項)という制度が用意されています。
#4:研修期間中の有給休暇の場合
では、有給申請期間における業務が通常の業務でなく、研修や訓練など、以前から予定されていたような業務であった場合はどうでしょうか。
研修や訓練は、業務に必要な知識や技能等を修得するために行われるもので、本人が参加してこそ意味があるものです。
もっとも、研修や訓練を欠席したとしても、他の手段によって欠席した研修・訓練の内容を補うことができるのであれば、時季変更権は認められないと考えられています。
日本電信電話事件(最二小判平成12年3月31日)では、使用者は、当該請求に係る年休の期間における具体的な訓練の内容が、これを欠席しても予定された知識、技能の修得に不足を生じさせないものであると認められない限り、年休取得が事業の正常な運営を妨げるものとして時季変更権を行使することができる」とされています。
(3)時季変更権を行使できない場合
上記2つの要件を満たすのかを検討するまでもなく、以下のとおり時季変更権が認められないケースがいくつかあります。
#1:有給休暇が時効により消滅してしまう場合
有給休暇を取る権利も時効により消滅します(労基法115条)。
年度内に消化されなかった年休は次年度までは繰り越すことができ、この場合、有給休暇を取る権利は、発生から2年で消滅時効にかかるのです(原則として翌年度1年間に限って繰り越しが認められています)。
このように労働者が有給休暇をとらないと有給休暇を取る権利が消滅してしまう場合は、時季変更権を行使することはできません。
#2:従業員の退職や解雇予定日までの期間と同じ期間又はそれを上回る有給休暇がある場合
退職予定者が、退職を申し出てから退職日までの期間に時季指定をしてくることがよくあります。
この場合、会社としては、引継ぎなどの関係から時季変更権を行使したい場合もあるでしょう。
しかし、退職日までの期間すべてを有給休暇とするような時季指定の場合、他の代わりの労働日が存在しないため、会社が時季変更権を行使することは難しいでしょう。
実務上は、会社が、従業員と協議して、未消化の年休に応じて手当を支給すること(年休の買上げ)もあり、このような年休の買上げは違法ではないと解されています。
#3:産休や育休の期間と重なる場合
産前・産後休業については、産前6週間(多胎妊娠の場合は14週間)、産後8週間は女性を就業させることはできないと法律で規定されているため(労働基準法65条)、労働者が希望する有給取得日と産休の期間とが重なる場合は、時季変更権を行使することはできません。
また、育休についても、労働者からの育児休業の申し出を拒むことはできないと法律で定められていますので(育児介護休業法6条)、育休期間と重なる場合も、時季変更権を行使することはできません。
(4)時季変更権の行使するタイミング・行使方法
では、会社は、時季変更権をいつ、どのように行使すればよいのでしょうか。
#1:時季変更権を行使するタイミング
使用者は、時季変更権を、労働者による時期指定の後、できるだけ速やかに行使しなければなりません。
遅くとも年休日開始前に行使する必要があるのが原則です。
ただし、労働者が休暇当日に時季指定をしたために時季変更権行使について判断する時期的余裕がないときは、年休開始後の事後的な行使も適法とされています(電電公社此花電報電話局事件・最一小判昭和57年3月18日)。
#2:時季変更権の行使方法
会社が時季変更権の行使が適法なものであっても、行使する理由、つまり事業の正常な運営を妨げる具体的な理由を、通知書等で労働者に通知した上で、口頭での説明も十分に行っておくのが望ましいでしょう。
例えば、以下のような通知が考えられます。
なお、代わりの休暇日は、労働者が決定することになるので、使用者が、「他の時季」を指定する必要はありません
下記理由により、令和●年●月●日を指定した有給休暇の申請を承認致しません。
記 令和●年●月●日については、既に年休予定人員を大幅に上回る有給休暇の申し出があり、有給休暇の取得を認めると事業の正常な運営を妨げる事由があるため。 |
2.時季変更権の強制力
(1)時季変更権の行使に強制力はあるのか
適法な時季変更権の行使であれば強制力があります。
適用な時季変更権の行使があれば、遡って労働者の年休権の効果が消滅し、指定された日の労働者の労働義務は消滅しないと考えられています。
(2)従わない社員に対し、会社側はペナルティを与えることができるのか
労働者の有給申請に対し、使用者の時季変更権が適法に行使された場合、当該有給申請の対象日は労働日となります。
したがって、時季変更権が適法に行使されたにもかかわらず、労働者がそれに従わず欠勤した場合は、無断欠勤となります。
無断欠勤が続く場合、戒告・譴責・減給等の懲戒処分の対象となるケースも考えられますが、懲戒処分の対象となるようなケースでも、処分をするにあたっては段階を踏んだアプローチが必要です。
特に、無断欠勤を理由として懲戒解雇処分をする場合は、極めて慎重な対応が必要です。
3.時季変更権をめぐるトラブル
時季変更権をめぐるトラブルとしては、以下のようなケースが考えられます。
(1)賃金をめぐるトラブル
例えば、会社が、従業員が時季変更権に従わず欠勤したことを理由に欠勤控除を行った場合、当該従業員が、欠勤控除は違法であるとして、欠勤控除した分の支払いを求めて訴えを提起する、労働基準監督署に相談に行くといったトラブルが考えられます。
(2)懲戒処分をめぐるトラブル
例えば、従業員が、時季変更権に従わず無断欠勤を続けたため、会社が当該従業員に対し、普通解雇処分を行った場合、解雇後、従業員から訴えを提起され、解雇の有効性を争われるとともに、解雇以降の賃金や遅延損害金を請求されるといったトラブルも想定されます。
4.トラブルを未然に防ぐための5つのポイント
(1)「繁忙期だから」といった理由だけでは時季変更権は認められません
単に「繁忙期だから」や「仕事が遅れてしまうから」では「事業の正常な運営を妨げる」とはいえず、適法な時季変更権の行使には当たりません。
1.当該労働者の年休取得日の労働が、その者の担当業務を含む相当な単位(課・係など)の運営によって不可欠
2.代替要員の確保が困難
の2つを満たす必要があることに留意し、できるかぎり従業員が希望する日に有給休暇が取れるよう配慮しましょう。
(2)「退職時」の行使はできません
従業員の退職や解雇予定日までの期間と同じ期間又はそれを上回る有給休暇がある場合、時季変更権は行使できません。
他の時季に休暇を当てかえる可能性があることが時季変更権を行使する前提となっているからです。
(3)「明確な理由」を伝えましょう
トラブルを未然に回避するためにも、時季変更権を行使する場合には、時季変更権を行使する具体的な理由を、通知書等で労働者に通知しておきましょう。
(4)就業規則に時季変更権について記載しておきましょう
時季変更権の行使にあたり、あらかじめ就業規則の中で、時季変更権についての規定を設けて、従業員に周知しておけば、従業員との間の無用なトラブルを避けることができるでしょう。
(5)時季変更権の濫用とならないように慎重に対応しましょう
例えば、時季変更権の行使がパワハラにあたる場合、差別的取扱いをする場合など、時季変更権の行使が時季変更権の濫用と評価される場合、当該時季変更権に基づく懲戒処分は無効となることがあります。
5.トラブル発生時の対処
時季指定権、時季変更権の行使にあたり、労働者とトラブルになった場合、訴訟等に発展する可能性も十分想定されます。
まずは、労働基準監督署の窓口に相談したり、判例や裁判例の知識があり、法律の専門家である弁護士に相談しましょう。
まとめ
本記事では、年次有給休暇の申請を行った社員に対し、会社が、時季変更権を行使する際の要件や対応方法などをご紹介しました。
時季変更権の行使にあたり、労働者とトラブルになった場合、訴訟等に発展する可能性も十分想定されますので、まずは、法律の専門家である弁護士に相談することをお勧めします。
「有給申請への時季変更権とはなにか」
「時季変更権を行使できる要件とはなにか」
従業員から、会社の繁忙期に年次有給休暇をとりたいとの申請があったが、事業に支障が生じるので、できるなら繁忙期以外の時期に有給休暇をとってもらいたい。
従業員に有給休暇の取得時期を変更してもらうことはできるのか。
このような悩みを抱えておられる使用者の方も多くいらっしゃるでしょう。
本記事では年次有給休暇の申請を行った従業員に対し、どのような場合に時季変更権の行使が認められるのか、会社が時季変更権を行使する際の要件や効果、対応方法などを説明します。
この記事を読んで、時季変更権とはなにか、時季変更権を行使する際の注意点や対策を知っていただく一助となれば幸いです。
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